銀香の文化祭
放課後の将棋部の部室は、夏の名残の熱気をまだ少し残していた。
窓から差し込む夕方の光が、将棋盤の上に長い影を落としている。
鷹宮は駒を並べながら、ちらりと銀香の様子を見た。
銀香は真剣な顔で盤面を見つめている。
だがその姿を見ながら、鷹宮の胸の奥には別の思いがあった。
——遅い。
心の中で、そう呟く。
将棋を始める年齢としては、やはり遅い。
プロどころか、本格的に強くなる人間の多くはもっと小さい頃から指している。
もちろん、趣味としてなら問題はない。
むしろ高校から始める人間もいる。
だが、それ以上となると話は別だった。
天才でもない限り。
銀香はセンスはある。
だが、圧倒的な何かがあるわけではない。
だから鷹宮は考える。
——どこまで真剣に相手をすればいいんだ。
将棋に人生をかけるつもりなら、もっと本格的な道がある。
将棋教室に通えばいい。
この部活は、そこまでの場所ではない。
自分だって——。
鷹宮は駒を指先で弾くように置いた。
自分も来年には三年生になる。
三年になれば引退だ。
つまり、銀香と将棋を指す時間も、せいぜいあと一年半。
(……それでいいか)
鷹宮は小さく息を吐いた。
部活にいる間だけ面倒を見る。
それでいい。
銀香が将棋を嫌いにならないように。
部活が楽しいと思えるように。
それだけでいい。
鷹宮はふと顔を上げた。
「なあ」
銀香が顔を上げる。
「文化祭、もうすぐだろ」
「え?」
「将棋部、毎年企画やってるんだ」
「企画?」
銀香は少し身を乗り出した。
鷹宮は盤面を見ながら言う。
「部員と希望者が対局するやつとか。あと、多面指し」
「多面指し?」
「一人で何人も同時に指すやつ」
「え、そんなの出来るの?」
「部長とか出来る」
銀香は素直に感心した顔をした。
「すご……」
鷹宮は少しだけ笑った。
「まあ、そんな感じのこと毎年やってる」
少し間を置いて言う。
「今年はお前も考えろ」
銀香が目を丸くした。
「え、私も?」
「部員だろ」
その一言に、銀香の表情がふっと明るくなる。
まるで子供のような顔だった。
「考えていいの?」
「別に採用されるとは限らないけどな(笑)」
「それでも!」
銀香は嬉しそうに頷いた。
「考える!」
その顔を見ながら、鷹宮は思った。
——まあ、こういうのが大事か。
勝ち負けだけじゃない。
部活をやっている感じ。
それが銀香にとって意味があるなら、それでいい。
その日から銀香は、文化祭の企画を考え始めた。
だが。
「うーん……」
教室で腕を組む。
いい案が出てこない。
将棋部の企画。
将棋。
対局。
考えれば考えるほど、地味だ。
「どうした?」
隣から歩美が声をかけてきた。
銀香はため息をついた。
「文化祭の企画考えてるんだけどさー」
「将棋部?」
「うん」
銀香は机に突っ伏した。
「将棋って地味じゃん……」
歩美は笑った。
「まあね」
「どうしたら面白くなるかなー」
しばらく考えていた歩美が、ふっと言った。
「じゃあさ」
「ん?」
「地味じゃなくすればいいんじゃね?」
「どうやって?」
歩美は銀香のネイルを見ながら言う。
「その将棋盤、ギャルっぽくすれば?」
銀香が顔を上げた。
「……え?」
「デコればいいじゃん」
歩美はスマホを取り出して、ネイルの画像を見せる。
ラインストーン。
ラメ。
カラフルな装飾。
「将棋盤とか駒とかさ、こういう感じにしたら?」
銀香の目がだんだん輝き始めた。
「……それ」
「うん?」
「めっちゃ面白くない?」
銀香は勢いよく立ち上がった。
「将棋盤デコる!」
歩美が笑う。
「やっぱ銀香それ好きだよね」
銀香はもう頭の中で想像していた。
ピンクの将棋盤。
ラメの入った駒。
ラインストーンが光る王将。
「これ絶対ウケる!」
そう言いながら、銀香はすぐにメモを取り始めた。
文化祭の企画。
そのアイデアは——
地味な将棋盤と駒を、
ギャル風にデコラティブにする。
というものだった。




