銀香の文化祭2
放課後の将棋部の部室。
銀香はメモ帳を握りしめたまま、少し緊張した顔で立っていた。
部室には部長の一条玲奈、鷹宮、そして数人の部員がいる。
「それで、文化祭の企画なんですけど……」
銀香は一度深呼吸してから言った。
「将棋盤と駒を、ギャル風にデコるのはどうでしょうか」
部室の空気が止まった。
鷹宮の手から、持っていた駒がぽとりと落ちた。
「……は?」
思わず声が漏れる。
銀香は説明を続けた。
「将棋ってどうしても地味なイメージあるじゃないですか。だから将棋盤とか駒をカラフルにして、デコって、見た目でも興味持ってもらえるようにするんです」
「……」
鷹宮はしばらく言葉が出なかった。
頭の中に浮かぶのは、ラインストーンのついた王将や、ラメだらけの将棋盤だった。
——何それ。
思わず額を押さえる。
だが。
「面白いじゃない」
声を上げたのは一条玲奈だった。
銀香がぱっと顔を上げる。
「え、本当ですか?」
玲奈は腕を組んで考えながら言った。
「確かに将棋って、外から見ると地味よね」
「ですよね!」
「でも、それを逆に目立たせるっていう発想は悪くない」
玲奈はふっと笑った。
「文化祭だし。こういう遊び心があってもいいんじゃない?」
銀香の顔がぱっと明るくなる。
一方、鷹宮は完全に固まっていた。
「……部長、本気ですか」
「本気よ?」
「いや、でも」
鷹宮は言葉を選ぶ。
「将棋って、そういうの嫌う人多いですよ」
部室の空気が少しだけ真面目になる。
「将棋を神聖視してる人って結構いますし……」
大会の会場で見た光景が頭に浮かぶ。
将棋盤を丁寧に拭く人。
駒の置き方までこだわる人。
そういう世界に、ギャルデコの将棋盤。
「批判来るんじゃないですか」
玲奈は少しだけ笑った。
「文化祭よ?」
「でも……」
「公式大会でやるわけじゃないでしょ」
玲奈は軽く肩をすくめた。
「それにね」
玲奈は銀香を見た。
「将棋に興味ない人が、ちょっとでも『何これ?』って思ってくれるなら、それって成功じゃない?」
銀香は真剣な顔でうなずいた。
「そういう人が一人でも来てくれたら嬉しいです」
鷹宮は黙り込んだ。
玲奈はさらに言う。
「それに」
にやりと笑う。
「将棋って、そんなに狭いものじゃないわよ」
その言葉で、議論は終わった。
結果。
今年の文化祭の企画は——
銀香の「デコ将棋」案に決定した。
その日の帰り道。
鷹宮は廊下で玲奈を呼び止めた。
「部長」
「ん?」
「本当に大丈夫なんですか」
玲奈は振り返る。
鷹宮は真面目な顔だった。
「将棋って、結構うるさい人いますよ」
「うるさい人?」
「将棋は神聖なものだ、とか」
玲奈は吹き出した。
「鷹宮」
「はい」
「あなた、心配しすぎ」
「でも——」
「文化祭の出し物よ?」
玲奈は軽く手を振った。
「そんなことで怒る人が来たら、それはそれで面白いじゃない」
「……」
「それに」
玲奈は少しだけ優しい声になった。
「銀香、楽しそうだったでしょ」
鷹宮は言葉に詰まった。
確かに。
あんな顔をしている銀香は初めて見た。
玲奈は歩き出しながら言った。
「部長の仕事はね」
振り返らずに続ける。
「部員が楽しく部活できるようにすること」
「……」
「だから大丈夫」
玲奈は軽く手を振った。
「鷹宮は心配性すぎ」
そう言って去っていった。
鷹宮はその背中を見ながら、小さく息を吐いた。
一方その頃。
銀香と歩美はカフェにいた。
向かいに座っているのは、歩美の姉だった。
長いネイルが光る。
歩美の姉はネイリストだった。
「将棋盤デコる?」
姉は面白そうに笑った。
「なにそれ、めっちゃウケるじゃん」
銀香が少し身を乗り出す。
「できますか?」
「余裕」
姉はネイルの見本を見せながら言った。
「ラインストーンもラメも、いくらでも出来るよ」
歩美が笑う。
「お姉ちゃんこういうの好きそう」
「好き好き」
姉は完全に乗り気だった。
「それ文化祭で使うんでしょ?」
「うん」
「じゃあさ」
姉はスマホを取り出した。
「制作過程、SNSに上げたら?」
銀香と歩美が同時に言う。
「え?」
「制作過程?」
姉は頷いた。
「絶対バズる」
「バズる?」
「だってさ」
姉は笑う。
「将棋盤デコってる高校生とか、意味わかんないじゃん」
歩美が笑い出した。
「確かに」
「制作風景アップして、完成したら文化祭来てくださいって宣伝するの」
銀香の目がだんだん輝いていく。
「それ……」
歩美が言う。
「めっちゃ良くない?」
銀香は勢いよく頷いた。
「やる!」
姉は満足そうに笑った。
「じゃ、まず材料買いに行こっか」
こうして。
ギャル将棋盤プロジェクトが動き出した。
そしてその制作風景は——
少しずつ、SNSにアップされていくことになる。




