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「あなたを愛せるか、自信がない」と弱気発言されましたので、こちらが全力で愛して差し上げることにいたしました。  作者: 朝姫 夢
本編

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27.癖はウソをつかない

「理解できたのかしら?」

「……はい。あ、いえ。その……まさか私が、母に利用されていたなんて、と……。その事実に、少々戸惑っております」


 だがジスレーヌは、ここにきてもまだそんなことを口にする。まるでそれこそが真実なのだと言いたげに。

 しかしさすがにこの時点ではもう、ジスランにもピエールにも彼女の言葉は苦しい言い訳にしか聞こえていなかった。ブランディーヌが提示した証拠に、国が認める薬学組合の正式な判が押されていたというのも大きかったのだろう。つまり、この書類は間違いなく本物であり正式な手順を踏んで手に入れられたものなのだと、口に出さずともひと目で分かる代物だったのだ。

 けれどなぜか、その証拠を提示したブランディーヌこそがジスレーヌの言葉に反応を示す。


「利用、ね。なるほど、本当の黒幕は別にいる、ということなのね」

「……え」


 さらにはそんなブランディーヌを、ジスレーヌは心底驚いたような表情で見つめ返すのだ。もはやどういう状況なのかとジスランとピエールは内心混乱していたのだろうが、この場では決して口を出すことなく黙って二人のやり取りを見守ることしか、彼らに現状できることはなかったのだろう。緑青色と灰色の二対の瞳が、ブランディーヌとジスレーヌの間を行ったり来たりしていた。


「あら、だってそうなのでしょう? あなたが利用されていたと口にしたということは、あなた自身ではなく実母か実家がリッシュ伯爵家を害した黒幕、ということになるのではなくて?」

「そ、それは……もしかしたら、私のように誰かに利用されていたのかもしれませんし……」

「まぁ! 家が傾いている中大金を払って、リヌル草の根から作られる毒薬を直接仕入れておきながら?」

「っ!?」


 ブランディーヌがその事実を知っているということ自体、ジスレーヌにとっては予想外だったのだろう。ここへ来て初めて、彼女の濃い紅茶色の瞳が驚きに大きく見開かれる。

 そして、それを見逃すようなブランディーヌではなかった。


「どうしてそれを知っているのかって顔をしているわね。さすがに高価な薬はそれが毒であったとしても、相手の経済状況を確認してからでなければ取引はできないのよ。特に今回は毒薬なのだから、いくら領地に出る凶暴な大型野生動物を追い払うための見せしめという理由があったとはいえ、発注をかけたあとから料金が支払われないなどの問題が起きて不良在庫になってしまっては一大事だもの。結局は一括で払われたから売却したそうなのだけれど、あちらも不思議に思っていたそうよ。いったいどこからそんな大金が出てきたのか、と」

「……っ」

「ふふ、そうよね。娘がリッシュ伯爵邸で働いて稼いだ金額のほとんどを仕送りしていたのだから、完全に困窮していたわけではないのだもの。ねぇ、ジスレーヌ?」


 そう、そこまでは調べがついていたのだ。ダヴィッド伯爵家が代々積み重ねてきた人脈と信頼と薬学界への貢献が、まさに大きく役に立ったと言ってもいい事例だった。

 そして信頼が厚いからこそ、ダヴィッド伯爵はこんな話も仕入れることができていたのだ。


「あぁ、そうそう。あなたの実家は子爵家なのですってね。一時期は没落寸前まで追い込まれていたらしいけれど、最近は少しずつ持ち直してきているのだとか」

「そ、れは……」

「長年リッシュ伯爵家に仕えてきたその給金のほとんどを、実家の子爵家へと入れていたのでしょう? あなたの使用人としての地位が上がるのと時を同じくして、あちらも少しずつ回復していっていたのよね。本当に素晴らしいわ」

「い、いえ。その……」


 働いた分のほとんどを、実家への仕送りとしている。それは一見すると大変美しい話のようにも聞こえるが、貴族領をわずかにでも立て直そうとした際にかかる金額は、誰がどう考えても膨大なはずだった。つまり、その事実がなにを意味しているのかといえば……。


「ねぇ、ジスレーヌ。あなたもしかして、本当に利用されているのではなくて?」

「っ!」

「自分のために給金を使用したことが、一度でもあるのかしら?」

「……」


 先ほどとは打って変わってだんまりを決め込むジスレーヌは、目を閉じてうつむいたまま微動だにしない。その沈黙をブランディーヌは、無言のうなずきとして受け取ったのだった。

 彼女がどれだけの金額を実家の子爵家に送っているのかは定かではないが、傾いた領地の経営を少しでも上向かせようとするのであれば、自分のために必要最低限以上のなにかを購入する金銭の余裕などなかったはずだろう。それが領地を立て直すほどの金額ともなれば、もはや必要最低限ですら削っていた可能性も高い。

 ブランディーヌには、ジスレーヌがどういった環境で育ってきたのかまで知る術はない。だがその一方で、見つかれば専属侍女の地位を失っていたかもしれないのに、たった一人ジスランへと優しく話しかけていたという過去のその出来事から、ひとつの仮説を立てることはできていた。

 だからこそ、ブランディーヌはこう声をかける。


「ねぇ、もう一度だけ答えて」


 優しい声で、まるで子供に語りかけるように。


「あなたは本当に、この薬が毒だとは知らなかったの?」

「…………はい。なにを言っても信じてはもらえないかもしれませんが、これだけは本当なのです」


 その声につられるように顔を上げたジスレーヌは、真っ直ぐに空色の瞳を見つめながら泣き笑いにも似た表情でそう答えたのだった。それが決定打になるとも知らずに。


「……そう。あなたは結局、わたくしに本当のことを話す気はないのね」

「いいえっ、まさかっ! 本当です、ブランディーヌ様! 信じてください!」


 ため息をついたブランディーヌに必死に言い募ってくるジスレーヌだが、それにゆるく首を振って否定を示すと、ブランディーヌは静かにこう告げたのだ。


「残念だわ。人間と違って癖はウソをつかないのよ、ジスレーヌ。あなた、自分にどんな癖があるのか自覚していて?」

「癖、ですか……?」

「そう。特にウソをつくときに自分がどんな反応や表情をしているのか、意識したことがあるかしら?」

「……いいえ」

「でしょうね。だからあなたはずっと、ウソを口にする際に同じ反応をしているのよ」

「…………。……っ!?」


 しばらく考え込んでから、ようやくその言葉の意味に気がついたらしい。今日一番の驚愕の表情で、ジスレーヌはブランディーヌの空色の瞳を見つめる。


「残念だけれど、わたくしは詳細を教えてあげる気はないわ。そこまで優しい人間ではないもの」

「……っ」


 無言で悔しそうな表情を向けてくるジスレーヌに、ブランディーヌはさらに追い打ちをかけるように最後の手札を明かすことにしたのだった。


「あぁ、それとね。実はもう解毒薬も完成していて、わたくしの手元にあるの」

「っ!?」


 ダヴィッド伯爵領を離れこの屋敷にやってきてから初めてと言ってもいいほど驚いてばかりいるジスレーヌを、ブランディーヌは心の片隅で実は彼女は面白い人物なのかもしれないと思いながら眺めつつ、まるでとどめを刺すようにこうも言い放つ。


「だから、今からあなたがこの毒薬でなにかしようとしても、全ては無駄になるだけよ。残念だったわね」

「そ、んなっ……」


 その言葉が、本当に決定打になったのだろう。体から完全に力が抜けてイスから崩れ落ちたジスレーヌは、まるで観念したかのように絨毯が敷かれた床に手をついて、ただがっくりとうなだれていたのだった。



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