28.事の発端
「ジスレーヌ。あなたもしかして、失敗した場合には自分が服毒するように命じられていたのではなくて?」
「っ……!」
なぜそれをと言わんばかりに驚いた顔をしてこちらを見上げてくる彼女の様子に、やはりと心の中でうなずいたブランディーヌは一人、小さくため息をこぼす。
「利用されていた、というのは事実なのでしょう? それを口にしている間だけは、偽りの言葉と共に必ず出てくる癖がなかったもの」
ジスレーヌがウソをつく際の癖、それは相手の目を見ながら口角が上がるというものだった。
無意識下でしている行為というのは、本人は気づきにくいものだ。それゆえに、誰かに教えられない限りは知ることすらできない場合のほうが圧倒的に多い。そして今回に関してもブランディーヌはこの先その癖の詳細を教える気は一切ないので、おそらく彼女は知らないまま生きていくことになるのだろう。今後偽りを口にするたびに、どんな癖が出てしまっているのだろうと怯えながら。
「ねぇ、ジスレーヌ。ダヴィッド伯爵家では調べ切れなかったことも、当事者であるリッシュ伯爵家であればすぐにあなたの実家の子爵家とのつながりも見つけられるわ。正直黒いうわさがあることは知っているからだいたいの予想はつくけれど、それでもあなたの口から真実を聞かせてくれないかしら?」
「……」
「珍しい毒薬を選んでいる時点で、強い恨みを抱いていることは分かっているの。だってこれは、相手を苦しませるためのもの。毒の中でもかなり凶悪な存在なのだから」
意識のある中、呼吸困難に陥り死に至る。それは相手に、どれだけの苦しみと恐怖を味わわせることになるのだろうか。そしてそれを強く望むほどの恨みとは、いったいどれほどのものなのか。もっと簡単に手に入る毒薬ではなく、あえて入手が難しいリヌル草を選択しているということは、その効果にこそ意味があるのだと考えるのが妥当だろう。
けれど同時に、ジスレーヌ本人の意思は別のところにあることにもブランディーヌは気づいていた。
「本当は、毒殺なんてしたいわけではなかったのでしょう? それどころか、あなた自身はリッシュ伯爵家に対して強い恨みなど抱いていない。だから最初の殺人からかなり期間が空いた後に、次の犯行に至ったのでしょうし。なによりあなたには、ジスラン様の命を奪う気など欠片もなかった。……それともわたくしの見立ては、間違っているのかしら?」
「…………いいえ。ブランディーヌ様の、おっしゃる通りです」
床に座り込みうつむいたままのジスレーヌだが、ようやく口を開いた彼女の口調は想像していたよりもしっかりとしたものだった。
「お察しの通り、私は子爵家に利用されているだけのただのコマにすぎません。もしもの場合には自ら毒をあおるようにと命じられているのも事実です」
「けれどダヴィッド伯爵家のせいで、それもできなくなってしまったわね」
「はい。ですからこの計画は失敗です。戻る場所も存在しない身ですので、どうぞお好きなようになさってください」
彼女のその言葉に反応して立ち上がりかけたジスランをブランディーヌはその手に自らの手を重ね、あえて制してからジスレーヌにこう問いかける。
「あら。ならばわたくしの質問にも、素直に答えてくれるのかしら?」
「もちろんです、ブランディーヌ様。調べればすぐに分かることですから、拷問などというお手間も取らせません」
急激に従順になったことに驚きを隠せないのか、ピエールは珍しくその鉛のような灰色の瞳を大きく見開いているが、ブランディーヌからすれば彼女のその変化は別段不思議なものではなかった。なぜならばそれに近い姿を、隣に座る人物でここ最近ずっと見ていたから。
「それならば、教えてくれる? あなたはどうしてリッシュ伯爵家にやってくることになったのか、その本当の目的はなんだったのかを」
「はい。……事の発端は何代も前の子爵家が、伯爵家によって没落寸前まで搾取され続けたことにあります」
そうして彼女が語ったのは、弱みを握られ法外な金額を請求され続けたことで没落一歩手前まで追い詰められた子爵家の一族が長年持ち続けてきた恨みを晴らすため、そして同じ被害に二度と遭わないようリッシュ伯爵家を没落させるため、今回の計画が立てられたのだという真実だった。
「子爵家とは定期的に手紙でのやり取りを交わし、私が前リッシュ伯爵夫人に命じられ妾の専属侍女となったことを機に、計画を実行に移すよう指示されました」
「な!?」
「夫人の指示で……なるほど」
純粋に驚いているジスランと、なにかに納得しているピエール。おそらくはピエールも疑問に思ったことがあったのだろう。当時妾の侍女として別邸で働いていた彼女が、なぜ本邸の夫人の専属侍女にいきなり抜擢されたのか、と。だがリッシュ伯爵家の存続こそが最優先事項だと考える彼からすれば当主が許可を出している以上問題はないと考え、特別その経緯を明らかにしようとはしてこなかっただけなのだろうとブランディーヌは考える。
「おかしいとは思っていたけれど、最初からつながっていたのであれば確かに自分の手元に置きたくなるわね」
つまりジスレーヌ自身が、前リッシュ伯爵夫人の弱みになりかねなかったのだ。それならばいっそ専属侍女の地位を与えて手元に置いておいたほうが、監視もできるのでちょうどいいということだったのだろう。
「命じられたのは監視と報告のみでしたので、それ以上の指示を受けるということはありませんでした」
「夫人からは、でしょう? けれど、子爵家からの指示は違った」
「はい。私はコマですから、拒否する権利など持ちません。ただ言われるがままに送られてきた毒薬を使い、一人の人間を死に至らしめました」
「けれどその薬の力を目の当たりにして、次の殺人への恐怖心が湧いてきてしまった」
「……はい」
そうして長い間次の犯行へと進むことができないまま、当時の嫡男の成人の時期が近づいてきていた。
そんな中、実家の子爵家からは服毒させる隙がないのであれば人を送り込んでやるという趣旨の手紙が届いたのだそうだ。それに焦ったジスレーヌは、成人直前という隙ができるこの時期を待っていたのだと返したのだという。実際その時期は、人の出入りが激しくなる頃だ。準備に忙しくしている中で疲れから倒れてしまったとしても、一切不審がられることはなかったのも事実。そしてだからこそ、彼らはあっけなく命を奪われてしまったのだ。
その後しばらくの間は忙しさと接点のなさを理由に、また次の犯行までジスレーヌは期間を開けることに成功したのだが、ここで思わぬ問題が発生することとなる。
「前リッシュ伯爵が薬草に詳しいダヴィッド伯爵家の娘との縁談を急いでいたことに、子爵家が焦ってしまった?」
「はい。毒薬の存在に気づかれてしまうかもしれないと恐れた彼らは、すぐにでも前リッシュ伯爵を毒殺するようにと手紙で指示を出してきたのです」
「それで、あんなにも急激に容態が悪化したのね」
つまりあれは、真実が暴かれてしまうのではないかと焦った子爵家の行動の結果だったのだ。
「私はしょせん、一族が復讐を果たすためだけに産み落とされた存在です。全てが終われば、遅かれ早かれ私も処分されていたことでしょう」
「あら。あなたの実家の子爵家は、そんなにも冷酷で残忍な人たちばかりなの?」
「……私の名前には、『誓い』という意味があります。ですがそこに込められているのは美しい感情ではなく、必ず一族の復讐を果たすというどす黒い誓いのみなのです。私の存在意義など、彼らにとっては復讐のための道具のひとつにすぎないのでしょう」
だからあんなにも簡単に、問題が起きた際は自ら服毒して死を選べと手紙ひとつで命じてきたのだろうとジスレーヌは口にする。苦しみながら死にゆく絶望の薬だと、子爵家の人間は知っていたはずなのに、と。
彼女のその濃い紅茶色の瞳は、希望と光に満ちた未来など一度も夢見たことはなかったのだろう。その資格すら、誰にも与えられてこなかった。
それを証明するかのように今も光が宿ることのないその昏い瞳は、ただただ下だけを向いているだけなのだから。
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