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「あなたを愛せるか、自信がない」と弱気発言されましたので、こちらが全力で愛して差し上げることにいたしました。  作者: 朝姫 夢
本編

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26.動かぬ証拠

「そ、そんなことしていませんし、そもそも私には伯爵家の皆様を殺害する理由がありません!」

「あら、そうなの? ではどうして、あなたの部屋にコレ(・・)があったのかしら?」

「っ!?」


 必死に否定するジスレーヌに対して、ブランディーヌは早々に小瓶入りの白い粉を差し出してみせる。それはここに集合する直前に、ジスランがピエールへと指示を出しジスレーヌの部屋から持ち出させたものだった。

 実はあの日、小瓶の中身が毒薬であることを確認した後、あえて持ち出すことも場所を移動させることもなくそのままにしてきていたのだ。今小瓶がなくなったことに気づかれてジスレーヌに逃げられてしまえば困るからというのがその主な理由ではあるが、今回に関しては解毒薬があるからこそ取れる選択肢だった。もしもこれで解毒薬も中和剤も手元になければ、その日のうちに彼女を拘束するしかなかっただろう。しかしそうなっていれば、屋敷内の混乱は避けられなかった。当主が代替わりしたばかりでそれは、現在のリッシュ伯爵家にとって他家に知られれば致命傷になるような事態を招きかねなかったので、それだけはなんとしてでも回避しておきたかったのだ。

 だが、さすがに長期にわたる計画を誰に気づかれることなく実行していた人物は切り替えも早く、また頭の回転も速かった。


「い、いえっ、違います! それは決して毒薬などではなく、気分が落ち込んで仕事も手につかなくなるようなことがあれば使いなさいと、母から送られてきたものでして……!」

「あら。わたくしひとことも、これが毒薬だなんて口にしていないのだけれど?」

「そ……! 今のお話の流れでは、明らかにそれが毒薬だとおっしゃられているのだと誰でも誤認いたします!」

「まぁ、そうかもしれないわね」


 そう簡単には引っかかってくれなかったかと、ブランディーヌは内心ため息をつく。

 そんな彼女の様子を察知したのかジスレーヌは落ち着きを取り戻しつつも、まるで反撃とばかりに言葉を続けた。


「……そもそも、その薬が毒だという証拠がどこにあるというのですか? なにより、それが本当に毒薬であったとするならば、私は命を狙われていたということになります。幸いなことに、私は仕事が手につかなくなるほど気分が落ち込んだことは今まで一度も経験がなかったので、それを口にしたことはありませんが」

「この薬が毒である可能性は否定しないのね」

「服薬した経験がありませんし、その小瓶も珍しいものではありませんから。たとえばどこかですり替えられていたとしても、私にはそれを確認することも証明することもできませんので」


 自分こそが命を狙われていたのではないかという主張が正当であると、彼女は堂々と口にしてみせる。先ほどと同じように濃い紅茶色の瞳をブランディーヌの空色の瞳に真っ直ぐ向けながら、微笑むように口角を上げて。その姿は、どこか余裕すら感じさせる。


「そうね。たとえばこの毒が四人もの命を奪っていたのだとしても、その存在をあなたが本当に知らなかったのであれば間違いではないかもしれないわ」

「はい」

「とはいえ、それならば相手は随分と気長な作戦を立てたものよね。いつ使用されるかも分からないようなものを、しかもその存在を知っていてすり替えるなんて。仮にわたくしが本気で誰かを亡き者にしようと考えたら、もっと確実な方法を取るでしょうに」

「……いえ、ブランディーヌ様。もしかしたら私の手元にその毒を置いておくことこそが、その人物の狙いだったのかもしれません。私を、犯人に仕立て上げるために」


 ジスレーヌは自分をはめるための罠だったのではないかという仮説を口にするが、ブランディーヌは相変わらず「そうね、その可能性も否定できないわ」と冷静に返すのみ。

 だがそのやり取りを見て焦り出したのは、同席している他の二人だった。


「ブランディーヌ様、もしもジスレーヌが言っていることが真実だとすれば、犯人は彼女に恨みを抱いている可能性があるのではないでしょうか」


 ジスランの言葉に、ピエールも小さくうなずく。どうやら筋の通ったジスレーヌの話に、二人は本当に犯人は別にいるのではないかと思い始めたようだ。

 しかしそんな二人に、ブランディーヌはゆっくりと首を横に振ってみせる。


「いいえ、ジスラン様。それにピエールも。わたくしは決して、毒薬という物的証拠のみで彼女が四人もの命を奪った人物だと判断しているわけではないのです。むしろこれ以上の動かぬ証拠をすでに手にしているからこそ、こうして今日この場を設けたのですから」

「動かぬ証拠、ですか?」

「えぇ」


 不思議そうに首をかしげて緑青色の瞳を瞬かせるその様子はまるで幼子のようで、普段であればかわいらしいと心癒されるジスランの癖なのだが、今回ばかりはそんなことを言っていられる余裕はなかった。とはいえ、心の奥底ではそのかわいらしさを十分に堪能しているブランディーヌだったのだが。

 内心ではジスランを愛でているなどとは思えないほど真剣な表情のまま、ブランディーヌはスカートのポケットから一枚の紙を取り出す。


「これはダヴィッド伯爵家の人脈を使い調べ上げた、リヌル草という珍しい植物とその加工品の取引履歴の一覧です。かなり珍しい植物のため国内に出回ることもほとんどないので、何十年も前の古い取引でも十分に調べ上げることができました」

「っ!!」


 それを告げた瞬間、ジスレーヌの顔が一瞬強張ったのをブランディーヌは見逃さなかった。だがあえて、今はそこに触れることなく言葉を続ける。


「その中でも特に注目していただきたいのが、こちらです。【粉末(根)】と書かれているこの部分、確かに注文者は別の人物の名前になっているのですが、届け先がここリッシュ伯爵邸のジスレーヌ宛となっています。しかもその日付は、約十五年前。最初の犠牲者となったジスラン様のお母様が亡くなられた時期と、完全に一致しているのです」

「……つまり」

「この毒薬をその時期唯一所持していた人物もその存在を知っていた人物も、荷物を受け取ったジスレーヌただ一人。であれば当然、彼女が持ち出さない限り毒薬を使用することはできなかったでしょう」


 わざわざ実家の母親名義で、ジスレーヌ宛に送られた荷物。その中身がまさか毒薬だとは、当時誰も思わなかったのだろう。特に妾の専属侍女でしかない人物に届いたものであれば、なおさら誰も気にも留めない。

 これがダヴィッド伯爵家であったのならば、厳重に箱の中身が確認された後に本人に渡されていたことだろう。だが本来であれば使用人宛ての荷物などいちいち気にしないし、そもそもそれが普通のこと。ましてやすでに何年も屋敷の中で働いている人物で、最近新しく入ったばかりの新人というわけでもない。雇い入れる際には厳重なチェックがされていたのだろうが、逆に信頼を得てしまえばなにもない平時に疑われるなどということもそうそうないのだ。

 そしてだからこそ、あえてこの十五年ほど前の時期を選んだのだろう。おそらくは信頼を得たと確信できる出来事があり、それを逆手に取る形で。


「頭や視線が下を向き、そして最後には筋肉のマヒにより突然の呼吸困難に陥り意識のある中苦しみながら亡くなっていくのが、このリヌル草の根から作られた毒薬の特徴ですから。そのほかに出てくる症状に統一性がないのもまた、この毒薬の特徴です」


 国内で唯一、薬草を専門に扱うダヴィッド伯爵家。その家の出身であることをこれでもかと生かした説明は、不安になりかけていたジスランとピエールを安心させるのに十分すぎるほどの効果を発揮していた。そして反対に追い詰められたジスレーヌは、ただうつむいて一点を見つめているだけだったのだが……。


「そんな……まさか……」


 その彼女の口から小さくこぼれ出たのは、まるで信じられないとでも言いたげな弱々しい言葉たちだけだった。



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