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「あなたを愛せるか、自信がない」と弱気発言されましたので、こちらが全力で愛して差し上げることにいたしました。  作者: 朝姫 夢
本編

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25.病の真相

 ジスラン、ブランディーヌ、ピエール、そして最後にジスレーヌの四人の前にそれぞれ紅茶の入ったカップを置いて、ポレットは談話室を出て行く。残った四人で大切な話をしなければならないと聞かされていた彼女は、この状況に若干の違和感を抱きつつもそのことには一切触れず、しっかりと自分のやるべき仕事だけを終えていったのだった。

 ポレットがこの状況を疑問に思ったのも無理はない。そもそも使用人であるはずの家令と侍女長が、屋敷の主である現リッシュ伯爵のジスランとその婚約者であるブランディーヌと共に同じテーブルについているなど、普通に考えればあり得ないことなのだから。しかしそれを許可したのは、他の誰でもないジスランだった。であれば、このリッシュ伯爵邸の中ではブランディーヌが否やを唱えない限り誰も止めることはなく、文句を口にすることもないのだ。


「さて。それでは始めましょうか」


 けれどこの場で最初に口を開いたのは、当主であるジスランではなくその婚約者のブランディーヌ。そのことに若干の疑問を抱いたらしいジスレーヌがわずかに首をかしげながら彼女に目を向けるが、ただそれだけ。それを決して声に出さないのは、しっかりと教育がされている証拠だった。


「まず初めに、ジスラン様のお母様が別邸で亡くなられたのは今から十五年ほど前のことでしたね。そしてそこからかなりの年月を経て、数年前には前リッシュ伯爵夫人と成人直前だった当時の嫡男がほぼ同時に亡くなられている。しかも最期の亡くなり方が大変似ている、原因不明の病のせいで」

「少々お待ちください、ブランディーヌ様。今回は大切なお話があるからとの招集だったはずですが、それと病の件がなにか関係あるのでしょうか?」


 だが一人だけなにも聞かされていないジスレーヌからすれば、さすがに黙って聞いていることはできなかったらしい。先ほどの一度目は隠し通したが、今度は不審そうな表情を隠そうともせず問いかけてくる。

 けれどそんな彼女に対して、ブランディーヌはあえて笑顔を向けてこう言ってみせたのだ。


「えぇ、もちろんよ。だからもう少しだけ、私の話を黙って聞いていてくれるかしら」

「……はい。承知いたしました」


 そうなれば当然、使用人であるジスレーヌに否やを唱える権利など存在しない。どれだけ意味不明な状況であろうとも、ここに他の使用人も立ち会わせず四人だけで話すべき内容なのだとすれば、言われた通りに黙って聞いているしか彼女にできることはないのだ。


「医師から三人の病について聞いていた前リッシュ伯爵は、同じような病で全員を失くしてしまったのだと考えていた。それは社交界でも有名なお話なので、きっと前リッシュ伯爵自身がそう周囲に話してきたのでしょうね」


 ただ医師にも原因は不明だったらしく、また全員に全く同じ症状が出ていたわけでもないので、あくまで同じような(・・・・・)病としか言えなかったのだろう。特に彼からすれば共通点は苦しんで亡くなるという、ただそれだけだったのだから。


「そんな中、ジスラン様とわたくしの縁談を無事に調(ととの)えた前リッシュ伯爵までもが、ある日突然倒れてしまわれた」


 自力で立つことはできないが初期は話すことも可能だったので、屋敷内の件はともかくとしても彼が指示を出すことでリッシュ伯爵家の領地経営は問題なく回っていたのだ。しかし段々とそれも難しくなり、そして最後には屋敷の管理について指示を出すためにブランディーヌが急いでリッシュ伯爵邸へとやってきたその翌日に、彼もまた突然帰らぬ人となってしまった。以前の三人と同じように、最期に苦しみの中死にゆく原因不明の謎の病によって。


「不思議なことに、リッシュ伯爵家に縁づく方々のみが同じような亡くなり方をする病にかかってしまい、今はもうジスラン様が残っていらっしゃるだけ。そうまるで、病というよりは呪いのように」


 病人の一番近くにいたであろう使用人たちの中からは、誰一人として同じ病を発症した人物は出なかった。だからこそ本当に、呪いのように見えなくもないだろう。

 ただ、この世界に呪いなどというものは存在していないのだということは、その言葉を口にしたブランディーヌが一番よく知っていた。


「確かに、ただの病だと思うと謎ばかりが残る不思議な現象よね。けれど病が原因であるのなら、誰にもどうしようもなかったのだと諦めて納得するしかない。……ただし、本当にそれがただの病だったら、の話なのだけれど」


 そこまで口にしてから、ブランディーヌは真っ直ぐにジスレーヌへと空色の瞳を向ける。その視線は決して鋭いものではなかったが、逃がさないというどこか強い意思が宿っているようにも見えるそれに、珍しくジスレーヌがびくりと小さく肩を震わせた。


「ねぇ、ジスレーヌ。彼らは本当に、病のせいで亡くなったのかしら?」

「は、はい。もちろんです。先の前伯爵様の主治医ですら、原因不明の病だと口にしておりましたから。間違いありません」


 まるで蛇ににらまれたカエルのようにも見えるが、しかしジスレーヌは決してブランディーヌから目をそらすことなく、それどころか口角を上げ微笑んでいるかのような表情すら見せている。そんな彼女の濃い紅茶色の瞳を見つめ返していたブランディーヌは、小さくため息をつくと。


「そう……。では、特別に病の真相を教えてあげるわ。実は亡くなられた四人が四人とも、とある植物の根から作られた毒を盛られたことによって死へと至らしめられた、れっきとした殺人なのよ」

「……え」


 その瞬間、驚いたようにブランディーヌを見たのはジスレーヌただ一人だけだった。彼女の表情はまるで、信じられないとでも言いたげで。対して、家令のピエールは目を伏せゆっくりと深呼吸をしており、そして屋敷の主であるジスラン・リッシュ伯爵はただ真っ直ぐに、緑青色の瞳をジスレーヌへと向けていた。


「そ、んな……まさか、そんなことがあるわけ――!」

「あら、おかしいわね。だってあなただけは真実を知っていたはずよ。毒薬を使って全員を死へと至らしめたのは、他でもないあなたなのだから。ねぇ? ジスレーヌ」

「なっ!?」


 だが、ブランディーヌの追撃は止まらない。その空色の瞳はゆるりと弧を描くが、それは決して優しさからでも楽しさからでもなく。ただただ、相手を追い詰める貴族令嬢のそれでしかなかった。



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