24.ひとつの可能性
なんらかの覚悟を決めたかのようなジスランに、ブランディーヌは結局今までの推理全てを手短にまとめて話すことになったのだが、全てを聞き終えたあとの彼の反応は恐ろしく冷静に「確かにそれはジスレーヌが最も怪しい人物かもしれません」と言ってのけたのだ。
以前ジスレーヌのことを唯一の味方だと思っていたのだと話していたので、てっきり信じられないと否定されるのではないかと思っていたブランディーヌの予想は大幅に外れたことになる。だが真実を彼に話したことで、一人で動いていた時よりも格段に情報が集まりやすくなったのも事実だった。
「同じ病にかかっては困るからと、予防のためにも当時の状況を知る人物に細かい部分について直接話を聞くことに成功しました」
そう言ってジスランはそれぞれの最初に体調を崩した時期や、その時期に共通していることがなかったのかなど、本当に様々な情報を手に入れては庭園の散策のたびにブランディーヌにも共有してくれている。
「結局、共通している点はなかったのですね……」
「はい。ですがどの期間においても、やはりジスレーヌが側にいたという確証は得られました。逆にピエールは父上以外とはあまり接点もなかったようなので、仮に彼が犯人であったとするならば確実に共犯者が存在していたことになります」
ジスランの実母である前リッシュ伯爵の妾とジスレーヌの関係については、もはや説明など不要だろう。そして妾が病に倒れこの世を去ってから、ジスレーヌは前伯爵夫人の専属侍女となった。
そこからはただただ単純に、夫人が息子のリッシュ伯爵家嫡男と共にいるところを狙って、飲み物にでも毒薬を混ぜてしまえばそれでいい。さらに前リッシュ伯爵が病に倒れたときやそのあとも、基本的に常に側にいる侍従以外は直接指示を出すために家令や侍女長や料理長など役職のある使用人とのみ会っていたそうなので、やはりその中にジスレーヌも含まれている。
ちなみにこの時点で料理長が犯人の可能性から除外されているのは、妾の死から前伯爵夫人の死までの間に人が変わっているからという単純な理由で、実はかなり初期のころにブランディーヌは無関係と判断を下していた。
「おそらくはブランディーヌ様の予想通り、ピエールは信頼に値するのではないかと考えています」
「ジスラン様も、そう思われるのですね」
「はい。彼にも詳細を確認したのですが女性の使用人を直接動かす権利がない以上、やはり本人が毒薬を仕込むのは少々無理があるのではないかと思うのです」
「そうですよね。なにより彼が犯人なのだとすれば、前リッシュ伯爵の毒殺をあんなにも急ぐ必要はなかったはずですもの」
色とりどりの花たちが見事に咲き誇る中、まるで仲睦まじそうな様子で寄り添う二人がまさかそんな内容の会話を交わしているなどと、誰が思うだろうか。
だが現実は以前よりもさらに増えたこの時間だけが、それぞれが仕入れた情報を交換できる唯一の機会だった。
「実はピエールに、ジスレーヌの部屋を調べてみると言われていたのです。けれど彼女も勘がいいのかそれとも常に警戒しているのか、基本的にあまり長時間部屋を開けるようなことがない、と報告を受けておりまして」
その際に、ならばいっそ使っていない離れの別邸の調度品なども整理したいから、以前にそこで働いていて中を知っている人物を集めて正確な一覧表を作ってほしいとジスレーヌに頼んでみようかという話になったのだ。当時は女性の使用人だけが入ることを許されていたらしいので、必然的にその場で指揮を執れるのは今一番役職が上のジスレーヌに落ち着くことになるのだ。
「なるほど。その間に、彼女の部屋を探ってみるということですね」
「えぇ。ですが知識のない方では、良薬と毒薬を見分けることは不可能でしょう。ですのでわたくしも同行して、その場で判断できるように準備をしておくべきかと考えているのです」
「でしたら私もご一緒いたします。いくらピエールが信頼に値すると思っていたところで、実際には共犯者が存在していてすでにジスレーヌの部屋にも毒薬を忍ばせてあるような状況であった場合、いくらブランディーヌ様とはいえお一人で見張っているのは難しいでしょうから」
「まぁ! ジスラン様、本当に頼もしくなられましたわね」
「い、いえっ、そのっ……! あ、ありがとうございますっ……」
うれしさを隠しきれない表情でそう言うジスランを、ブランディーヌは優しい視線を向けながら見守る。穏やかなその雰囲気は恋人というよりも姉弟や母子のようにも感じられるが、二人はれっきとした婚約者同士だ。ただ残念ながら初期の頃の印象がまだまだ強く、ブランディーヌにとってジスランは今も愛でる対象でしかないのだが。
しかしそんな笑顔の裏で、彼女は別のことを考えていた。
(ただ、本当にジスレーヌが犯人なのだとすれば……どうして前リッシュ伯爵が亡くなられてから、ジスラン様は一度も毒を盛られた気配がないのかしら)
ブランディーヌに毒が盛られない理由は、ある程度予想がつく。今はまだダヴィッド伯爵令嬢でしかない彼女が今倒れてしまえば、確実にダヴィッド伯爵が出てきてブランディーヌをダヴィッド伯爵領に連れ帰ってしまうからだ。そうなれば毒薬に気づかれてしまう可能性も出てきてしまうので、簡単に手を出すことはできない。
だが、それならばなぜジスランは今も無事なのだろうか。
(もしかして、相手の目的はすでに全て果たされているのでは……?)
ただそうなると今度は、その目的自体が分からない。
当初はリッシュ伯爵家に強い恨みを持っていて復讐しているのではないかと思っていたのだが、それならば最後のリッシュ伯爵家の生き残りであるジスランだけが今まで狙われてこなかった明確な理由が見えてこないのだ。いや、正確に言えばジスレーヌが犯人であったと仮定するならば、そこに関してひとつの可能性にたどり着くこともできなくはないのだが……。
(幼いジスラン様に危害を加えたくないと考える人物がいたとすれば、それはジスレーヌをおいて他に存在していないものね)
リッシュ伯爵邸の中は、ジスランにとって基本的に敵ばかりが周囲にいたようなものなのだ。彼が仮に運悪く命を落としてしまったとしても、おそらく当時は誰も気にも留めなかっただろう。ただ一人、ジスレーヌだけを除いて。
(皮肉なものね……。けれど彼女が本当にジスラン様に情を移しているのだとすれば、あるいは最終目的は前リッシュ伯爵だったのだとすれば、これ以上の動きはないはずなのよ)
その場合、手元にあった毒薬は全て使い切ってしまっている可能性も出てくる。
だがそうだとしても、やはり彼女の部屋を一度確認してみる必要があった。彼女が本当に犯人なのかどうかということもそうなのだが、そもそも今の段階ではまだ犯人の動機が分からない状態なのだから。
(……少し、ダヴィッド伯爵家の力も借りて調べさせてみようかしら)
薬草の仕入れや出荷で手に入れた人脈があるため、毒薬などの出どころを探るのは得意な家柄なのだ。そういった意味では、今回の事件はかなり適任だと言えるだろう。
そんなことを考え、実際にブランディーヌが父親であるダヴィッド伯爵宛てに手紙を書いた、その数日後。
「間違いなく、これが四人もの犠牲者を出した毒薬です」
「っ!!」
事前に話していた予定通り、別邸の調度品一覧の作成の指揮をジスレーヌがとっている間に彼女の部屋の中を三人で探していると、机の引き出しの中からコルクで栓をされたガラスの小瓶に入った粉末を発見したのだった。それを用意していた溶液に溶かしてみれば、案の定透明だったはずの液体が赤紫色にみるみる変化していく。
ブランディーヌの宣言に息を飲むジスランと、なにかに耐えるように目を閉じゆっくりと深呼吸をしているピエール。そんな彼らの様子を真剣な表情で受け止めながらも、この事実をどう解釈すべきかと素早く考え始めていたブランディーヌはこのとき、リッシュ伯爵邸の中で誰よりも貴族らしい思考をしていたのだった。
~他作品情報~
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