四十八話 返還
異世界生活八日目。
朝。エルーちゃんのお漏らしで目が覚めた。
どうやら、俺が寝てる間に部屋に入ってきて、俺のベッドの上で遊んでいたらしい。
そのままそこでお漏らししてしまったので、俺のパジャマはびしょ濡れである。
窓を見ると空はまだ黎明の光だ。
たはは、とんだ目覚まし時計だな。
けど今日は早起きをしなきゃならなかったので結果オーライだ。
エルーちゃんをイザベラさんに預けて、おれは布団を洗い、シャワーを浴びた。
俺は昨日ユーリィに渡された正装を纏い、いつもより早く朝食を済ませ、まだ日が出てまもない玄関の外へ、ドアを開けた。
屋敷の庭でなにやら、ユーリィとデントが話をしている。
「おはよう。」
「ダモレ、おはよう。早く起きられて偉いな。」
「何を話していたんだ?」
「お前のレガリアの話だ。今日の儀式は聖堂で行われるからな。レガリアは必須なんだが、お前は勇者レガリアを壊した。」
「うっ、ごめんなさい。」
「ふふふ。だから、代わりのものをデントに用意してもらってたんだ。」
俺はデントの方を見る。
「悪りぃなデント」
「ふんっ、知り合いの貴族が病気だからアテがあっただけだ。」
「そういうわけだ。ダモレ、これをお前に渡す。上級貴族、ベルジェールのレガリアだ。」
渡されたのは上級貴族のレガリア。
今日の俺は上級貴族として儀式に参列するらしい。
「本人確認の手続きはこちらで済ましている。今日だけはベルジェールとして振る舞ってくれ。俺がついているから大丈夫だ。
それに良い機会だ。これを機に貴族の目線でテッドレッドを学ぶといい。」
「ありがとう。」
デント、ユーリィ、ベルジェールの俺達三人は庭を出て聖堂へ向かった。
聖堂に着くと、もうレガリアをつけた貴族で入り口はごった返していた。
上級貴族が通ると下級貴族が道を開ける。その様子が目に入った。
「まだ、階級格差があるんだな。」
「そうだな。格差があること自体は仕方ないことだ。しかし、それによって負担が偏ることが問題なんだ。」
俺の解釈では、上級貴族がのさばっていることがダメなんだ。
立ち振る舞いに気をつけねば。
デント、ユーリィ、ベルジェールの俺達三人はレガリアを顔につけて聖堂の中へ入っていく。
中は例によって、国の重鎮たちが列を成している。
俺達はその中に入っていった。
「おっと、すまないね。」
上級貴族の大男と少しぶつかってしまった。
しかし、余裕のある紳士の立ち振る舞いと纏う気品だけで、圧倒されてしまった。
そうだ、上級貴族がみんなのさばっているわけでは無いことを忘れてはいけない。
そんな人間がズラッと並んでいて、その中に俺はいるんだ。肩身が狭すぎるよ。
ってか、その真ん中を俺は勇者として今まで歩いてきたのか。
振り返るとゾッとする。
カタン!
人口の灯りが一斉に消えた。
奥にそびえる細長いガラスの窓。
その高窓から差し込む白く淡い光が、薄い霧や埃を照らしながら中央の祭壇へと差し込んでいる。
「アトラシアマリンの返還だ。」
そう。今日はその儀式なのだ。
この国に再び水の恵みが行き届く。
コーラス隊が静寂を撫でるようなボーカリーズで歌い出す。
重厚なオルガン、繊細なバイオリンのハーモニーも響き渡る。
そして拡声魔法も響き渡った。
「海神の巫女を!ここにお迎えする!」
始まった。
聖堂の扉がゆっくりと開いた。
そこに一人の巫女のシルエットが浮かび上がる。
長いスカートの裾を引きずりながら、巫女はゆっくりと歩き出し、オーケストラの音に包まれるように参列者の注目を一身に集めた。
顔はマリア様のようなフェイスベールに覆われて見えない。しかしその神聖なオーラたるや、見る人の背筋が硬く凍るほどだ。
誰もが息を呑んで見守る中、巫女は一歩一歩。この国の歴史と誇りを踏みしめるように祭壇の前に立った。
宝石であるアトラシアマリンを祭壇へ捧げ、それまでピクリとも動かなかった口を初めて開かせた。
「アトラシアマリンよ!この地に再び水の恵みを!」
俺はその声を聞いて、一拍置いて徐々に気づき出した。
こ、この声は。まさか、
巫女がフェイスベールをそっと外し、手に乗せたアトラシアマリンにキスをした。
そこにあったのは、ティナの素顔だった。
「ティナ!?!?!?」




