四十四話 約束
目の前の景色が、再び変わった。
そこは広い海の底の空間だった。
さっきまでいたアトラシアとは違う。
海の底には、色とりどりの珊瑚が花のように咲き広がっていた。
珊瑚は海流に揺られ、青い光を浴びて淡く輝いている。
魚たちはその間を泳ぎ、まるで海の中に花畑が広がっているようだった。
「……ここは?」
俺が呟く。
すると、少し離れた場所からロフィの声が聞こえた。
「ヲメス…」
「ロフィ…」
二人は並んで座り、花畑を前に、見つめあっていた。
「もし、二人が離れ離れになっても、きっと俺が迎えに行くから。」
「えぇ、待ってる。私、ずっと待っているわ。約束する。」
「あぁ、約束だ。」
二人が手を握る。
その光景を見ていると、胸が締め付けられた。
……これが、二人の最後の約束だったのか。
そう思った瞬間――
また、景色が変わった。
今度は、何もない。
暗い海。
ヲメスが一人で歩いている。
「ロフィ……」
その声は、もう掠れていた。
「どこにいる……」
それでも歩く。
傷だらけになっても。
疲れ果てても。
何度も倒れても。
「ロフィ……」
そして――
その姿が、少しずつ老いていく。
時間だけが、異常な速さで流れていく。
「……待ってろ。」
それでもヲメスは歩き続けた。
「必ず……見つける。」
俺は何も言えなかった。
やがて――
ヲメスの姿が消えた。
そして暗闇の中に、一つの声だけが残った。
「……ロフィ」
その声を最後に、記憶が途切れる。
――そして。
「…………」
俺は、目を開けた。
目の前にいたのは――
涙を流している海神だった。
「……ヲメス」
ロフィは、俺を見つめていた。
その瞳には、もう俺ではなく――
何千年も前に失った、大切な人の姿が映っていた。
ロフィは、しばらく俺を見つめていた。
その頬を、涙が伝っていく。
「……ヲメス」
「俺は……」
声をかけようとした。
でも、何を言えばいいのか分からない。
彼女の想う気持ちは十分わかった。でも俺はヲメスじゃない。
なのに、ロフィは俺をヲメスとして見ている。
「……ずっと、待っていたの」
ロフィが呟く。
「あなたが帰ってくるのを」
その声は震えていた。
「何年も……何十年も……」
ロフィの涙が、次々と落ちていく。
「あなたは……来なかった」
「……」
「私のところには、帰ってきてくれなかった」
違う。
でも、それを俺が言っていいのか分からない。
「……ごめん」
口から出たのは、その言葉だった。
ロフィが顔を上げる。
「……どうして、どうして?」
「俺は……」
言葉が詰まる。
俺はヲメスじゃない。でも、ヲメスの記憶を見た。
あの人は、ずっとロフィを探していた。
「……ヲメスは、あなたを探してた」
ロフィの瞳が、大きく開く。
「……え?」
「ずっと探してた」
「…………」
「あなたのところへ帰ろうとしてた」
ロフィの目から、また涙が溢れた。
「……嘘」
「嘘じゃない」
俺は、はっきりと言った。
俺は見たんだ
ヲメスが歩き続ける姿を。
何年も。
何十年も。
それでも諦めずに、ロフィを探し続けた姿を。
「ヲメスは……あなたを忘れてなんかいなかった」
ロフィは両手で顔を覆った。
「……っ」
声を押し殺すように泣いている。
そして――
「……そう」
小さく呟いた。
「そうだったのね……」
その瞬間、ロフィの身体から淡い光が溢れ始めた。
アトラシアマリンが、その光に呼応するように輝く。
「あなたは……私を探してくれていたのね」
ロフィは涙を流しながら、俺を見つめた。
「ずっと……。
ヲメス。」
俺の意識が、再び大きく揺れた。
その瞬間――
眩い光が、神殿を包み込んだ。
「……っ!」
思わず目を閉じる。
しばらくして目を開けると、目の前に広がっていたのは――
崩れた海底都市だった。
さっきまで見ていた、かつてのアトラシアではない。
今のアトラシアだ。
そう、つまり戻ってきたのだ。
海底都市いっぱいに広がっていた青白い光が、神殿へと少しずつ収束していく。
ロフィの巨大な姿も、光の中へと消えていく。
「……!」
俺は目を細めた。
光が収まったあと。
海神アマロファスィは元の大きさのロフィの姿となり、手のひらを顔に押し当てて泣き叫んでいた。
俺を覆っていた氷も石化も溶けていく。
全て溶けた。
ー次の瞬間。俺は一目散に走り出していた。
「ダメだ!ビン太!やめろ!」
シードルが叫び、
俺のローブのクリスタルがまた、キラリと揺れた。
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