三十八話 杖
「うわっ――!」
俺は咄嗟に後ろへ飛び退いた。
ドゴォン!!
巨大な手が、俺がいた場所を叩き潰す。
こっ、怖えええ!!
船の甲板が大きく揺れた。
「ダモレ!」
ティナの声だ。
「なんだこいつ!?」
デントも手を切りつけて、牽制する。
巨大な手がゆっくりと俺へ向き直り、再び甲板を叩き潰した。
ドゴォォン!!
まるで意思を持っているようだ。
すると、巨大な手はアトラシアマリンを見つけた。
次の瞬間――
今度はティナへ向かって襲いかかる。
「うわぁ!!」
キイイイィン!!
ティナは儀式の装備以外、武装していない。
それでも、自らの腕で巨大な手を受け止めた。強か女ねぇ。
「くっ……!」
「狙いはアトラシアマリンだ!」
デントが叫ぶ。
「ダモレ! お願い!」
「えっ?」
ティナは俺に杖を投げた。
俺は慌てて、それを受け取る。
「それを持って逃げて!」
俺は杖を抱え、船の中へと駆け出した。
すると――
「おぉい!! 逃がさねぇぜ!?」
「!?」
アーデルガルト王国の勇者、エリックが俺の前に飛び降りてきた。
「ダモレ!!」
キイイイィン!!
デントがエリックの前に立ちはだかる。
「それ持って、早く逃げろ!」
「あぁ!」
俺は再び走り出した。
その時だった。
バシィッ!!
「ぐあっ!!」
突然、クラーケンの足が俺の身体を直撃した。
俺はそのまま吹き飛ばされ、甲板の柵に腰から叩きつけられる。
「いってぇ……!」
その瞬間――
俺が握っていた杖を、何者かの手が掴んだ。
「……なっ?」
一体、どこから……!?
そのまま杖を引っ張られる。
俺の身体も、海へと引きずり込まれていく。
「デント!!」
俺は必死に叫んだ。
交戦中だったデントが、こちらを振り返って舌打ちをする。
そして――
「ダモレ!!俺たちは、絶対に死なねぇ!」
デントは剣を構えたまま叫んだ。
「持ち堪えといてやるから――
それ持って、絶対に帰ってこい!」
「何言って……っ」
ドポオオオン!!
俺は、そのまま海へと引き摺り込まれた。
一瞬で全身が海水に包まれる。
耳元で轟く水音。
上を見れば、船の影がどんどん遠ざかっていく。
「くっ……!」
杖だけは離すまいと、必死に握り締めた。
だが――
俺の身体を掴んでいる何かは、ものすごい力で海の底へ引っ張っていく。
「な、なんなんだよこれ……!」
水中で叫んでも、声にならない。
どこまで沈むんだ……一体!
光が届かなくなり、辺りが徐々に暗くなっていく。
その時だった。
俺を掴んだ手の主から、聞き覚えのある声が響く。
『また会えたね。ビン太くん』
「……!」
手の主は俺の体をそっと柔らかい胸に抱えた。
「シードル……!ッボコボコゴポゴポ」
クソ喋れねぇ
なんでここにシードルがいるんだ!?
そんな疑問をよそに、シードルは水中だというのに、いつものように楽しそうに笑っていた。
そして俺の手に握られた杖を見る。
「やっぱり、それを持ってきたんだね」
「一体何を――ゴポゴポ」
シードルは答えない。
ただ、ゆっくりと俺の身体をさらに深い場所へと運んでいく。
やばい!水圧で意識が持っていかれそうだ…
そして、その先に――
暗闇の中から、巨大な建造物の輪郭が浮かび上がってきた。
海底に眠る、見たこともない都市。
「……なんっゴポゴポここ……!!」
シードルが呟いた。
「ふふふ、ただいま。そしてようこそ、コポコポ
-海底都市、アトラシアへ」




