三十七話 参拝の儀
「ーマリングレイス・デザインー」
すると、空中に無数の水滴が浮かび上がった。
ただの水滴ではなかった。
一滴一滴が、海に現れたあの鯨と同じ――
言葉では言い表せない、不思議な色に輝いている。
青にも見える。
緑にも、紫にも見える。
光の角度によって色そのものが変わっているようだった。
ティナは静かに一歩、踏み出した。
白い衣がふわりと揺れる。
水滴がティナの動きに合わせて舞い、まるで彼女を中心に海そのものが踊っているようだった。
右へ。
左へ。
ゆっくりと身体を回す。
そのたびに水滴が軌跡を描き、淡い光を残していく。
ティナの舞は、決して激しいものではなかった。
けれど、研ぎ澄まされた刃のような力強さがあって、一つ一つの動きには迷いがない。
まるで、遥か昔から受け継がれてきたものを、身体が覚えているかのようだった。
「……」
俺は言葉を失っていた。
ティナは一瞬だけ、俺と目があった。
その表情は、いつものティナとは少し違った。
真剣で、凛としていて――
それでいて、どこか嬉しそうだった。
まるで、本当の自分を誰かに魅せるかのように。
……あいつって、こんなに綺麗だったんだな。
ティナが腕を伸ばす。
すると、周囲に浮かんでいた水滴が、鯨へ向かって一斉に集まり始めた。
水滴は鯨の周囲を旋回し、光の軌跡を描いていく。
やがて、ティナは杖を天へ掲げた。
「アトラシアの海よ!」
声が響く。
「親愛なる我が神よ!」
水滴の光が、さらに強くなる。
「未だ尽きぬ御恩に、永久なる感謝を捧げる!」
「そしてどうか、今年も彼の国に慈愛なる恵みを与え給え――!」
すると、鯨の周囲を舞っていた水滴が、一斉にその身体へと吸い込まれていく。
――スゥゥゥ……。
水滴は消えたのではない。
あの神秘的な色を残したまま、鯨の身体へと浸透していく。
そして、杖を掲げたティナの声が響き渡った。
「ーアトラシアス!!」
「ブオオオオオオオオオオオ――!!」
大海原を震わせるような、巨大な鳴き声が響き渡った。
同時に――
アトラシアマリンが、これまで以上に強く輝き始めた。
キィィィィィン――
青白い光が杖の先から溢れ出し、周囲を包み込んでいく。
俺は思わず目を細めた。
その光の中で――
鯨とアトラシアマリンが、まるで互いに呼び合っているように見えた。
これは、脳内に神秘的なBGM必須だ…っ
やがて儀が終わると、鯨は悠々と身を翻し、海の彼方へと去っていった。
「ティナ!終わったか!?」
デントの声で現実に戻った。
ドゴォォォォン!!
後方に艦隊の砲撃と右方にクラーケンの襲来が目に映る。
忘れてた俺ら今、絶体絶命だった!
その時だった。ティナが大声で叫んだ。
「デント!ダモレ!船底に何かいる!」
船のわずか左方。黒い影が海中に忍び寄る
そして…
ザパァアアア!!
海面を突き破り、巨大な異形の手が
俺に向かって迫ってきた。




