三十三話 愛してた
異世界生活六日目の夜。
俺は、ベッドに横たわるユーリィの顔を見つめていた。
「……大丈夫かよ」
返事はない。
こんなに近くで、ユーリィの寝顔を見るのは初めてだった。
「ハハっ」
すると、急にユーリィが笑いだした。
「起きてたのかよ」
「ゲホッ、ゲホッ」
「ユーリィ!」
「大丈夫だ」
大丈夫じゃないだろ。
俺はユーリィの額に手を置く。
「熱はだいぶ引いてきたな」
「あぁ、さっきよりかなりマシだ。もう治ったって思うくらいだ」
「ダメだ! 明日までは寝てもらうからな」
「ゲホッ……ハハっ」
辛いだろうに、なんで笑ってられるんだ?
「ダモレ、今日も特訓か?」
「無理に話さなくていい」
「気が紛れるんだ。話させてくれ」
「……今日はドラゴンに乗れるようになった」
「そうか」
「指笛に魔法を込める方法も学んだ」
「そうか」
「アルバースもすっかり俺に懐いたようだ」
「そうか。良かったな」
「剣も振れるようになった。まだまだだけどな。でも確実に……強くなってる」
「そうか」
「俺にばっかり喋らすなよ」
「ダモレ、お前はなんでそんなに強くなりたいんだ?」
「……俺には恩人が二人いる。お前と、もう一人の女の子だ」
「あぁ、地下世界の」
「そうだ。俺は彼女に救われた。暗闇の中から救い出してくれた。多分、俺はその人のことを……好きなんだと思う」
「……」
「でも! テッドレッド王国の敵だって知った」
「……」
「俺はテッドレッド王国も好きだ。だから、どうすればいいかわからなくなった」
「……」
「どうすればいいかわからないし、そもそもどうしようもできない。ただ一つわかるとしたら、どうしようもできないのは、俺に力がないからだ」
「……」
「俺は強くなりたい。強ければ、その分、出せる答えの数が跳ね上がるはずだ」
「……なるほどな」
「そしたら、好きな人たちと向き合って、俺は俺の納得できる答えを出したい」
「……ハハハっ。ダモレらしくて、いい考えだ」
「結局、俺が喋ってんじゃねーか」
「実はな……俺もこの国に拾われた身なんだ。今はその恩返しをしたくて、外交官として戦ってる」
「でも前は、堕ちぶれた天使だったんだ」
「お前、天使だったのか!?」
「あぁ、セレスティアとは別の天空都市の住人だった。これはここだけの秘密だぞ」
「だから天空都市のこと、あんなに詳しかったのか」
以下、ユーリィの回想
その都市をネフェリアといってな。そこに俺は妻と二人で住んでた
名前はミルフィーナ
彼女は優しい心の持ち主だった
地上を襲わないよう、天界で自給自足をするために天空栽培を開発したり、その恵みを他の国に分けたりもしていた
そんな彼女を、俺は愛していた
しかし、ある時……セレスティアが攻めてきた
俺は妻と国を守るために戦った。しかし、弱肉強食の世界のセレスティアには敵わなかった
ネフェリアは壊滅し、ミルフィーナは行方不明に。俺は堕天使として天と地の境を彷徨っていた。やがて、亡者の楽団になっていたんだ
「お前が、あの……列の中に……」
ある時、戦争で傷ついた俺の羽が限界を迎えて、とある円柱形の岩山のふもとに落ちてしまった。そう、テッドレッド山だ
地上人にとって天界の人間は、数々の都市を崩壊させた敵。殺されるはずだった
でも、救いの手を差し伸べてくれる人がいた。
ブライトさんという人だ。
その人のおかげで、俺はいまこうして生きてる
「へぇ、ブライトさんという人が救ってくれたんだ」
あぁ。ちなみに、ブライトさんの娘がイザベラさんだ
「え!?」
ブライトさんが亡くなった後、俺が屋敷を買い取り、その管理をイザベラさんに任せているんだ
俺は彼から命を拾われた。その恩を、他の誰かに送ろうと思っていた。
それがブライトさんへの恩返しだと思っていたんだ。
そしたら、お前がいた。ダモレ。
「俺はな。お前がいてくれて、それだけで本当に嬉しいんだ。」
「……そうだったのか」
「ゲホッ、ゲホッ」
「ユーリィ……」
「この病気はきっと、堕天使が地上で生きている『奇跡』であり、『呪い』なんだ。仕方ないことなんだ。気にしないでくれ」
「それが病気の正体かよ」
「つまらない話をしていいか?」
「この前、セレスティアに行った時、パルフェさんと共に給仕をしていた女性がいただろ。あれは多分、ミルフィーナだった」
「えぇ!!? ……いや、どこがつまらねぇんだよ!」
「でも、見つけた時、彼女は俺に気づかなかった」
「俺は恩返しの途中で、ミルフィーナも、もう違う別の人生を生きていると知った」
「……ミルフィーナ……」
俺は初めてだった。
ユーリィが泣いているところを、弱っているところを見せるのは。
「ミルフィーナ……。俺はあなたを…愛してた。」
どうすればいいかわからないけど、俺はユーリィを抱きしめた。
ユーリィも、強く俺の背中を握った。
こんな時に、俺は自分のことを考えていた。
(ダモレ……。俺はな。お前がいてくれて、それだけで本当に嬉しいんだ)
"俺がここにいるだけで、救われる人がいるんだ"
なんか、ゾクゾクっと悪寒が走る。
いや、今は深く考えるのをやめよう。
黒い火傷の痕が、少し疼いた。




