三十二話 法則
次は、アルバースに一人で乗ってみることになった。
「一人で!?」
「あぁ。これは結局、魔法をコントロールすることにつながる訓練だ」
アランは少し間を置いて、俺を見る。
「そもそも、魔法っていうのはな――」
「何でも願いを叶える力じゃない」
「……?」
「この世界には、世界そのものが定めた法がある」
「法……?」
「あぁ。火は燃える。水は流れる。物は落ちる。風は空気を動かす。そういう、この世界に存在する決まりごとだ」
アランは手を開き、そこに小さな魔力を集める。
やがて、手のひらに小さな火が灯った。
「魔力は、その法に干渉するための力にすぎない」
「だから魔法は、魔力と法の掛け算だ」
「魔力が多ければ、強い魔法が使える……ってことですか?」
「それだけじゃない」
アランは首を横に振った。
「どれだけ魔力があっても、法を理解していなければ、望んだ現象は起こせない」
「……なるほど」
「そして、法を理解するために必要なのが――イメージだ」
アランは俺の胸元を指差す。
「じゃあ……イメージが魔法を作ってるんですか?」
「違う」
アランは即答した。
「イメージは、魔法の方向を決めているだけだ」
「魔力が力。法が世界のルール。そしてイメージが、その力をどこへ向け、何を起こすのかを定める」
「この三つが噛み合って、初めて魔法になる」
なるほど。
「じゃあ、イメージの理解を深めるためには訓練が必要だ。
そこで、ドラゴンだ。」
アランはアルバースの足をパンと叩いた。
「次は、一人で乗ってみろ」
アランに促され、俺はアルバースの背中へと乗った。
「……おぉ」
いつもより、なんか高い。
地面が遠く感じる。
「怖いか?」
「ちょっとだけ……」
「なら、覚えておけ」
アランが真剣な顔で言う。
「ドラゴンに乗る時に大切なのは、力じゃない」
「重心だ」
「重心……?」
「あぁ。アルバースが動けば、その身体も動く。お前がアルバースの動きに合わせられなければ、簡単に振り落とされる」
アルバースがゆっくりと歩き始める。
「うわっ!」
身体が左右に揺れる。
「力を入れすぎるな!」
「でも、落ちそうなんですけど!」
「だからこそだ」
アルバースが右へ身体を傾ける。
俺も慌てて反対側へ身体を傾けた。
「違う!」
「えっ!?」
「アルバースが傾いてから動くんじゃない。動きを感じろ」
「……感じる?」
「そうだ」
アランはアルバースを見ながら続ける。
「アルバースが右へ動くなら、お前も右へ。前へ進むなら、身体も前へ」
「ただし、同じ動きをするだけじゃない」
「アルバースの身体がどう動くのかをイメージして、その動きに合わせて自分の重心を置くんだ」
「つまり……アルバースと一緒に動く」
「そういうことだ」
俺は目を閉じる。
アルバースの呼吸。
身体の揺れ。
足が地面を踏みしめる感覚。
その一つ一つを感じ取る。
「……」
アルバースが歩く。
さっきまでなら、揺れるたびに身体へ力を入れていた。
でも、今は違う。
アルバースが動く方向へ、身体を預ける。
「……揺れない」
「そうだ。それが『同調』だ」
「乗っているんじゃない」
アランが言う。
「アルバースと一緒に動いているんだ」
俺はアルバースの首元へ手を置いた。
「……なんか、分かってきた気がする」
「なら、次は飛ぶぞ」
「え?」
アランがアルバースの尻を叩いた。
アルバースが翼を広げる。
「ちょ、ちょっと待って!」
バサァッ!!
強烈な風が吹き抜ける。
「うわあああああ!!」
身体が浮き上がる。
「力むな、ダモレ!」
俺は必死にアルバースの動きを感じ取る。
落ちる。
そう思った瞬間――
「違う」
俺は身体を預ける。
「俺は……」
アルバースの翼が大きく羽ばたく。
「アルバースと一緒に――」
身体が風に乗る。
「飛ぶ!」
アルバースとともに、風になった。
「あっはは! すげぇ!」
いつもはしがみついているだけだった。
でも、操っている感覚って、こんな感じだったんだ。
俺の脳内には、爽快なBGMが流れ出した。
鼻歌交じりに街を一周して、屋敷へ戻ってきた。
「アルバース、ありがとう。屋敷の庭に降り立ってくれ」
グアアアア!
ズン。
「やはりセンスはあるみたいだな」
「アラン先生!」
「魔法には段階がある。ドラゴンに例えると、まずは指定。『誰を呼ぶか』を明確にする」
「次にイメージ。『どうなってほしいか』を具体化する」
「そして同調。自分と対象の動きを合わせる」
「さらに制御。魔力の量や方向を調整する」
「最後に維持。イメージした状態を保ち続ける」
「並べると――指定、イメージ、同調、制御、維持だ!」
「わかったか?……って聞いてないな。」
説明が長すぎる……。
気づいたら夕方になっていた。
「よし、今日は終わりだ! お疲れ様だったな!」
そう言って、アラン先生は帰っていった。
屋敷に帰ると、キッチンから夕飯のいい匂いが漂ってきた。
「イザベラさん、お腹すいたー」
「はいはい。お手手洗って、部屋で待ってなさい」
完全に親子みたいだ。
そういえば、今日はパルフェさん大人しいな。
イザベラさんに聞いてみると、皿と窓とドアを一枚ずつ破壊したらしく、今は部屋で謹慎中だそうだ。
相変わらずだな、ハハ。
……って、俺の部屋の窓かよ!!
異世界生活六日目。
俺は魔法の繊細さを学んだ。
「想いを乗せること」に関しては、剣術の真髄と同じようだ。
そして、アルバースとの距離も近くなった気がする。
何より今日は、前世で培ったことが無駄じゃなかったと思える日だった。
俺にとって、あの世界にはもう戻れない。
だけど、確かに今に活きている。
意味はあったんだ。
そう実感させられた。
よし。
俺はもっと強くなる。
ガチャ。
玄関から物音が聞こえた。
誰か帰ってきたのか?
バタン。
すると、その誰かが倒れた音がした。
まさか――。
「ユーリィ!!」
俺は玄関まで走り、ユーリィを抱えた。
すごい熱だ。
病室に連れていき、その日の夜、俺はユーリィの看病をした。
そこで交わした会話を、俺は一生忘れないだろう。




