二十八話 手
ズガッ。
地面から手が生えた。
「何あれ!?」
不気味な様子に、三人は驚く。
ズガッ。ズガズガッ。ズガッズガッ。
手はどんどん生えてくる。
すると、その手は地面からどんどん伸び、やがて人が現れた。
「ここが! 地上!! はぁっ、なんて綺麗な景色だ!」
上を見上げ、感動する声。
……って、この声は!?
「あれが空! 青くてどこまでも続く途方もない永遠! 神秘的だぁ!
あれが日光! 大地のエネルギーの源! あったかくて神々しい!
そして、あれが雲!
本当に浮遊魔法ではなく自力で浮いてるんだ! 様々な形をしていて、日光とのコンビネーションで空の風景を美しく描いてくれる! 異次元のアート!」
まさか。
「やはり地上は素晴らしい!」
このやけに大袈裟に空を語る人物は……。
「……シードル!!」
シードルと、何人かの地下世界の人々が現れた。
エルーちゃんは、すぐに俺にしがみついてきた。
「ビン太くん! ブッ! 君はいつ見ても裸なんだね」
「た、たまたまだ!」
するとシードルは何かに気づいたように再び地下へ潜り、ダモレの後ろに現れた。
そして、俺が抱えていたエルーちゃんを横取りする。
「可愛いねー! 赤ちゃん! 君たちの子かい?」
「「違うっ!」」
そんなすぐに産まれるわけねぇだろ!
エ、エルーちゃんってば、シードルに懐いている。
「キャハハ」
鬼メンタルなだけなのか、あの子は。
するとティナは何かに気づき、ダモレを掴んでシードルと距離を取った。
「ダモレ! ドリュー族だよ!」
「ドリュー族!? 敵なのか?」
「うん。ドリュー族は警戒した方がいいって、ユーリィが言ってた」
「まじか。くっ、シードル!」
「よせよ。君と戦うつもりはないよ?」
「あなた、ダモレとどういう関係なの?」
「ん? んー……婚約者だ」
「え?」
「お、おい! やめろ! シードル!」
「ダモレ、あの子、女の子なの?」
「そうだ! けど婚約は! なんというか! ノリというか!」
「ふーん」
「シ、シードル! エルーちゃんを返してくれ」
「ビン太くん、すっかりテッドレッドの人間になったね」
「色々あったんでな」
「この短期間で、立派になって嬉しいよ。
もちろん、この子は返すよ。
ただし、交換条件がある」
「交換条件?」
「俺たちはアトラシアマリンを探してる。それがこの国にあるはずだ」
「アトラシアマリン? 知らないけど、それとエルーちゃんを交換しろと?」
「そうだ」
すると、衛士たちが騒ぎを聞きつけ、加勢にやって来た。
「勇者さま! お力添えを!」
「勇者? ビン太くん、勇者になったのか?
ぷっ、あははは。
そーかそーか、君は本当に予想を超えてくるね」
「くっ、シードル……」
「わかった。この子は返してやる。そのかわりビン太くん、俺と共に地下世界へ来い」
「だめだよ! ダモレ!」
「わかった」
「ダモレ!」
「ティナ、エルーちゃんを頼む」
俺はシードルからエルーちゃんを受け取り、そのままティナへ渡す。
ティナがエルーちゃんを抱える。
「さぁ、ビン太くん。また夢を語ろう」
シードルが俺の手を握り、行こうとしたその時――。
ティナが指笛を吹いた。
グアアアア!!
空からドラゴンがやって来た!
ドン!!
グアアアア!!
「アルバース!!」
シードルと地下世界の人々が、ドラゴンと戦闘を始めた。
ドラゴンが口から炎を浴びせる。
「あちぃ!」
シードルと離れた俺たちは、エルーちゃんを抱いたティナとともに舞い上がる。ちなみに俺も抱えられている。強えなティナは。
「逃げるよ!!」
「女の子さん」
声をかけられ、シードルの方を見る。
シードルはドラゴンと対峙しているのに、悠々と攻撃を受け流していた。
その手には、何かを持っている。
「くっ! レガリアが取られた!」
ティナはレガリアを奪われたが、そのまま外交院へ逃げ帰った。
⸻
外交院に駆け込むなり、ティナがユーリィへ叫んだ。
「ユーリィ、ドリュー族が地上に来た! ウォール街三番地!」
「ついに来たか……! 亡者の楽団のせいで結界が揺らいだのか。すぐに衛兵を送り込め! 三人とも! 大丈夫だったか!?」
「大丈夫! 今、アルバースが戦ってくれてる!」
「よく無事でいてくれた!」
ユーリィが安堵の息を吐く。
「あと……言いづらいんだけど、ドリュー族にレガリアを取られた……」
ティナが気まずそうに告げると、ユーリィの顔色が変わった。
「何!? まずいな。これで奴らは、この国への出入りがしやすくなった。警戒を強めるべきだな」
俺はすかさず尋ねた。
「ユーリィ、アトラシアマリンってなんだ?」
「アトラシアマリンは、この国の水の恩恵を司る至宝の石だ。この国に必ずなくてはならない石。今は聖堂の奥深くに眠っている」
「それが地下世界にとって、何の意味があるんだ……?」
俺が疑問を投げかけると、ユーリィは腕を組み、難しい顔をした。
「わからない。ただ、地下世界には、過去の海底神殿『アトラシアス』に住んでいた民族の子孫がいるという噂がある。それと関係しているのかもしれないな。地下世界は、まだまだ謎だらけだ」
重苦しい空気の中、俺は意を決して口を開いた。
「ユーリィ……俺、そのドリュー族と友達なんだ」
「……そうなのか!?」
「地下牢で生きる気力をなくしていた俺の背中を押してくれた恩人で……てっきり、テッドレッドの人間だと思ってた」
ユーリィは黙って俺の言葉を聞いている。
俺は拳を握りしめた。
「ユーリィ、俺……またドリュー族が来た時、正面から戦えるように、強くなりてぇ!」
⸻
異世界生活四日目。
今日はシードルと会えた。
しかし、敵として。
彼女とどう向き合っていくか、今はまだ答えは出せない。
でも、強くならないと、向き合い方も選べない。
今はただ、強くなりたい。
ユーリィは深く頷いた。
「わかった。明日、狩りに行く部隊がある。そこに同行させてもらうといい。俺は新しい仕事ができて忙しいから、ティナ、ダモレについていってやってくれないか?」
「……。私は、行けない。ちょっと用事があって……はは……」
俺の胸元のクリスタルを見て、そして視線を外すティナ。
何か抱えているのだろうか……?
⸻
夜になった。
衛兵たちから、シードルを追い払ったという報告があった。
そして俺は、館の風呂を掃除していた。
「パルフェさん、手伝ってください! 今日、お風呂入れませんよ!」
「あの……今朝は、その……」
ドアの陰から申し訳なさそうに覗くパルフェに、俺はブラシを差し出した。
「もういいですから! ブラシ貸しますんで、ちょっとこっち来てください」
「は、はい……」
トコトコと歩み寄ってきたパルフェだったが――
ツルッ!
「わわっ!?」
「うわぁ!?」
ドシャアアアアン!!
派手に滑ったパルフェに押し倒され、俺は泡だらけになって床へ激突した。
「いってええええええ!!」
「わぁぁぁん!! ごめんなさぁぁあい!!」
(膝に続いて腰まで……! この天使、天然の兵器か!? ……ガク。)
地下回廊にて。
「また、夢の続きを語ろうね。ビン太くん」




