第4話 選ばれない側
三限の基礎同期実技は、二人一組で行われる。
教室を移動する途中から、周りの温度が少し変わっていた。昨日までは誰と誰が組むかで騒いでいたのに、今日はもう、組めた人間と組めていない人間の差がはっきりしている。
隣を歩く大河は、すでに仮ペア申請を出していた。
「まあ、合わなかったら変えればいいしな」
それができる人間は、そう言える。
「軽いな」
「軽くないと最初から動けねえだろ」
大河の言葉は雑だが、たまに正しい。
実技棟の入口で、白石が一人で掲示板を見ていた。
ランキング表示。
基礎実技、同期安定率、接続継続予測、仮ペア提出状況。
数字と名前が並んでいる。
上の方では声が明るい。下の方では、指が端末をいじるふりをしている。
白石の名前は、基礎実技の欄では上位にあった。
同期安定率の欄では、空白だった。
未接続。
その二文字が、妙に目立つ。
「見ない方がいいのに」
花宮が隣で呟いた。
「何を」
「ああいうの。見ると、残るでしょ」
白石は掲示板から目を離さない。背筋はまっすぐで、表情も変わらない。周りの声は、そこで少し軽くなる。
でも、ファイルを持つ指先だけが少し白くなっていた。
「白石さん、技術だけなら上なのにな」
後ろで誰かが言った。
「でも接続相手いないと、評価伸びないでしょ」
「厳しそうだし」
「選ぶ側っぽいのに、まだ選ばれてないの意外」
別の誰かが笑った。
すぐ横で、大河が「あー」とだけ声を出す。大きくはない。けれど、その雑な音で何人かがこっちを見た。
「何」
「いや。今の、聞こえる声で言うやつじゃねえなって」
言った本人たちが、気まずそうに目を逸らす。
大河はそれ以上何も言わず、自分の靴ひもを踏んで「やべ」と呟いた。
浅い声。
笑いにもならない、ただの言葉。
白石の肩は動かなかった。
俺は一歩出かけた。
でも、止まった。
まただ。
口の中で、言葉が二つ三つ潰れた。
白石が振り返った。
俺を見た。
聞こえていたのか、と一瞬思う。
違う。
彼女は、俺が止まったことを見ていた。
「神代くん」
「……何」
「今の、何か言おうとした?」
周りの音が遠くなる。
「別に」
「別に、ならいい」
白石はそれ以上追わなかった。
追わないのに、逃げ道が狭くなる。
そこまで考えて言ったわけじゃないのかもしれない。
それだけなのに。
実技室に入ると、城崎先生がいつものように端末を確認していた。ペアごとの番号が呼ばれ、床のラインに立っていく。
「神代、白石」
呼ばれたのは最後だった。
「お前たちは観測補助席だ。今日は他ペアの初期同期を見ろ」
「見学ですか」
白石が聞く。
「観測だ」
先生は短く言った。
「見学と何が違うんですか」
「見るだけなら見学だ。記録を残すなら観測になる」
白石は黙った。
また、答えの形だけしていた。
補助席は実技室の端にある。端末二台と、薄い仕切り。そこから各ペアの動きと同期値の変化が見えるようになっている。
俺と白石は並んで座った。
近い。
近いのに、横を見ると白石はまっすぐ前だけを見ていた。視界の端にも入れない、と決めているみたいだった。
一組目の実技が始まる。
床の中央に、小さな白い標的が置かれた。
丸い板みたいなものだ。触れれば軽く動く。強く押せば転がる。接続が乱れると、すぐ止まる。
男子が右のラインに立ち、女子が左のラインに立つ。
合図のあと、女子が先に息を吸った。男子は一拍遅れて、手首だけを動かす。
標的が床の溝に沿って進む。
まっすぐではない。
少し蛇行して、それでも白線の内側には残った。
女子が笑う。
男子もつられて笑った。
初期値は二十八。端末が柔らかい音を鳴らした。
「いい滑り出しだ」
先生が言う。
二組目、三組目。
うまくいくペアもあれば、標的を途中で止めて笑ってごまかすペアもある。数字は二十台から四十台。高い数字が出ると周りが少しざわつく。
白石はずっと記録を見ていた。
「……どうして」
ほとんど息みたいな声だった。
「何が」
「あんなに雑なのに、出るんだ」
俺は返事に迷った。
白石のノートには細かい字で記録が増えていく。
その横で、彼女の欄だけが空白のままだった。
白石の横顔は怒っていなかった。
怒っていない顔で、悔しそうだった。
「白石は、雑に見られるの嫌いだよな」
言ってから、白石の目を見るのが遅れた。
白石の目がこちらに向く。
「嫌い」
即答だった。
でも次の言葉は少し遅れた。
「……雑に見る人も、雑に選ぶ人も」
最後だけ、声が小さくなる。
言いすぎた、みたいに白石の目が一度だけ伏せた。
端末が次のペアの同期値を表示する。
三十九。
周りが「おお」と小さく沸く。
白石は画面を見ている。
俺は、その横顔を見ている。
選ばれたいのか、と聞きそうになった。
やめた。
聞いたら終わる。
そんな雑な聞き方しか、今の俺には浮かばなかった。
白石の指が、机の端を軽く押さえる。
その力だけが、見えてしまった。




