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君と繋がれない俺は、世界最強のペアを目指す  作者: HATENA 
第2章_接続試験(リンクトライアル)

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第15話 試験前

 接続試験の日は、朝から雨だった。

 強い雨ではない。

 傘を差すか迷うくらいの細かい雨で、校門の前に立つ生活指導の先生の肩だけが少し濡れていた。


 白石は先に来ていた。

 校門の横ではなく、少し離れた屋根の下に立っている。

 傘は畳まれていた。

 鞄の持ち手を両手で持って、正面を見ている。


「早いな」


 言ってから、昨日も似たことを言った気がした。


「早くない」

「俺より早い」

「神代くんが遅いだけ」

「五分前だけど」

「接続試験の日なら、遅い」


 白石の声はいつも通りだった。

 いつも通りにしようとしている声だった。


 俺は屋根の下に入る。

 雨の匂いが、制服の袖に少し残った。


「寝た?」


 聞いてから、失敗したと思った。

 大丈夫か、と同じ種類の言葉だった。


 白石はすぐには答えなかった。

 傘の先を床につける。


「少し」

「少しか」

「神代くんは」

「俺も少し」

「じゃあ同じ」


 同じ。

 それだけで済ませられるほど、同じではない気がした。

 でも白石がそう言ったなら、今はそれでよかった。


 下駄箱へ向かう途中、大河に追いつかれた。


「お前ら今日だろ、接続試験」


 声が大きい。

 雨の日の廊下はいつもより音が響く。近くの一年が振り返った。


「大河」

「分かってる。声量な」

「分かってない声量」


 花宮が後ろから言った。

 小鳥遊もいる。濡れた前髪を指で払って、面倒そうに靴を履き替えていた。


「試験って何すんの」


 大河が聞く。


「知らない」

「昨日も知らないって言ってなかった?」

「今日も知らない」

「進歩ゼロ」


 小鳥遊がさらっと刺す。


「知らないまま受けさせるの、学園側もなかなかだよね」

「小鳥遊、朝から怖いこと言うな」

「現実的感想」


 花宮が白石を見る。

 見すぎないように、少しだけ。


「白石さん、朝ごはん食べた?」

「食べた」

「何」

「パン」

「それだけ?」

「牛乳も」

「小鳥遊、判定」

「ぎりぎり」


 白石が小鳥遊を見た。


「何の判定」

「倒れないライン」

「倒れない」

「昨日も言ってた」


 そこで白石が黙る。

 言い返すと思ったのに、言い返さなかった。

 大河が空気を読んだのか読んでいないのか、靴べらを持ち上げて言った。


「俺、朝からカツ丼食ってきた」

「重い」

「試験の日は勝つだろ」

「接続試験に勝つとかあるの」

「知らん」


 花宮が笑った。

 白石は笑わなかった。

 でも、さっきより傘を持つ手が少し緩んだ。


 教室の共有端末には、今日の予定が流れていた。


《放課後 接続試験》

《対象:神代玲/白石凛》

《場所:第二実技棟観測室》


 名前が出ていた。

 昨日は出ていなかった。


 教室に入った瞬間、何人かの視線がこちらへ来る。

 昨日までより隠し方が下手だった。


「名前、出るんだ」


 花宮が小さく言った。


「出さなくても分かるのにね」


 小鳥遊が返す。


 白石は何も言わなかった。

 端末を見て、席へ向かう。

 鞄を置く時、椅子の背に少し当たった。

 小さな音。

 本人は気づいていないふりをした。


 授業は進む。

 黒板には数式が書かれて、教師がいつも通り説明している。

 でも教室の空気だけが、放課後の方へずっと傾いていた。


 端末が震えるたびに、何人かが反応する。

 俺も反応した。

 関係ない通知だった。

 昼休みの購買割引。

 それだけなのに、指が少し冷えた。


 白石は前を向いている。

 ノートも取っている。

 ただ、同じ行の端に、何度も細い線が引かれていた。


 昼休み、大河が弁当を開けた瞬間に言った。


「で、接続試験って合格とかあんの?」


「知らないって言っただろ」

「いや、試験って言うからにはあるだろ。合格、不合格、追試、再試、補習」

「全部嫌だな」

「世界最強目指すなら試験くらい勝て」

「だから勝つものなのか分からない」


 大河は唐揚げを一つ口に入れた。


「分かんねえなら、まあ、白石に聞け」


 軽い。

 軽すぎる。

 でもその軽さで、変なところが少し緩む。


 白石は自分の席でパンを食べていた。

 聞こえていたらしい。

 こちらを見ないまま言う。


「私も知らない」


「白石でも?」


 大河が昨日と同じことを言う。


「白石でも」


 昨日と同じ返し。

 でも今日は、少しだけ早かった。


 花宮が「成長」と言った。

 白石が眉を寄せる。


「何が」

「返し」

「そこ成長しても意味ない」

「あるよ。大河対応力」

「それは要らない」

「ひでえ」


 大河が本気で傷ついた顔をする。

 小鳥遊が「今のは少し傷ついていい」と言った。


 白石は少し困った顔をした。

 謝るか迷った顔だった。


 俺はその顔を見て、昨日の観測室を思い出す。


「ごめん」


 白石が先に言ったこと。

 言いかけて、止まったこと。

 あれがずっと、鞄の持ち手みたいに少しずれて残っている。


 放課後になった。


 教室の空気が、そこで急に軽くなる。

 帰る生徒。

 部活へ行く生徒。

 端末を見ながら笑う生徒。

 俺たちだけが、違う方向へ行く。


 白石は席を立つ前に、端末を一度確認した。

 通知は来ていない。

 それでも確認した。


「行く?」


 俺が聞くと、白石は鞄を持った。


「行くしかないでしょ」

「そうだけど」

「そうだけど、何」

「いや」


 続きは出なかった。

 白石は少しだけ待った。

 待って、先に歩き出す。


 廊下に出ると、雨の音が少し聞こえた。

 窓の外で、グラウンドが暗い色になっている。


 第二実技棟へ向かう途中、白石が言った。


「神代くん」

「何」

「今日、謝らないで」


 昨日も似たようなことを言われた。

 でも今日は、少し違う。


「何があっても?」

「それは違う」

「難しいな」

「難しくしてるのは、そっち」


 白石は前を見たまま言う。


「謝る前に、一回止まって」

「止まる」

「早い」

「今のは?」

「……気をつける、でいい」


 白石の声が少しだけ弱くなる。


「私も、すぐ決めつけない」


 言い終わってから、白石は顔をしかめた。


「今の、言わない方がよかった」

「なんで」

「言ったら、できなかった時に残る」

「残るだろうな」

「そこは否定して」

「した方がいい?」

「しない方がいい」


 雨の音が少し強くなった。


 第二実技棟の扉の前で、城崎先生が待っていた。

 昨日と同じように。

 でも今日は、扉の横にもう一人立っている。


 三枝先輩ではなかった。


 長い髪を後ろでまとめた女子生徒。

 制服の着方はきれいで、立っているだけで周りの音が少し引く。

 手には観測端末。

 画面の光が、雨で暗くなった廊下に薄く浮いていた。


「観測補助、九条だ」


 城崎先生が言った。


 九条。

 どこかで聞いた名前だった。


 白石の足が、ほんの少し止まる。


 九条先輩はこちらを見る。

 俺ではなく、まず白石を見た。

 それから俺を見る。


「よろしく」


 声は静かだった。

 静かなのに、逃げる場所が少ない声だった。


 白石は返事をした。


「よろしくお願いします」


 早い。

 きれいすぎる返事だった。


 俺も遅れて頭を下げる。


 観測室の扉が開く。


 昨日と同じ冷たい空気が流れてきた。

 正面の画面には、もう文字が出ている。


《接続試験》

《対象:神代玲/白石凛》

《観測補助:九条綾乃》


 九条綾乃。


 白石はその名前を見ていた。

 俺は、白石の横顔を見てしまった。


「入れ」


 先生の声がする。


 白石は先に一歩踏み出した。


 俺は、謝らなかった。

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