表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と繋がれない俺は、世界最強のペアを目指す  作者: HATENA 
第2章_接続試験(リンクトライアル)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/20

第14話 記録保持

 観測室の中は、思っていたより静かだった。

 機械の音がしないわけではない。壁の端末が低く唸っているし、天井の空調も動いている。

 でも、そのどれもが人の声を邪魔しない高さに抑えられていた。

 静かにするために作られた部屋、という感じがした。


「座れ」


 城崎先生が机を指した。


 机は三つある。

 一つは先生用。残り二つは、少し離して置かれていた。

 隣同士ではない。

 向かい合ってもいない。

 俺と白石が同じ画面を見るための距離だった。


 白石は椅子を引く前に、一度だけ正面の画面を見た。

 そこにはまだ、俺たちの名前が並んでいる。


 神代玲。

 白石凛。


《個別確認区分》

《記録保持中》


 白石は座った。

 背筋がまっすぐすぎた。

 俺も遅れて座る。椅子の脚が床を擦って、思ったより大きな音がした。


「今から行うのは処分ではない」


 先生は端末を操作しながら言った。


「再観測の前確認だ」


 前確認。

 言葉だけなら軽い。

 でも画面の中に並んだ名前のせいで、軽く聞こえなかった。


「再観測と、何が違うんですか」


 白石が聞いた。

 声は落ち着いている。

 落ち着かせている声だった。


「再観測の前に、どの記録を使うか確認する」

「記録を使う?」

「そうだ」


 そこで説明が止まる。

 白石の指が、机の端に触れた。

 軽く。

 すぐ離れる。


「全部は、説明されないんですね」


 白石が言った。


 先生は画面を見たまま答えた。


「今必要な分だけ説明する」

「それを誰が決めるんですか」

「こちらだ」


 白石の口が少し開く。

 閉じる。


 俺は何か言いそうになって、やめた。

 白石の代わりに聞くのも違う気がした。

 でも黙っているのも、昨日までと同じに見えた。


「神代」


 先生に呼ばれて、肩が少し動いた。


「はい」

「今、何か言おうとしたな」


 白石がこちらを見る。

 見られてから、逃げ道がなくなった。


「……分からないです」

「何を言うか、か」

「言っていいのかが」


 先生は少しだけ目を上げた。

 白石は何も言わなかった。

 何も言わないのに、机の上の指だけが止まっている。


「それも記録に入る」


 先生が言った。


「え」


 声が出たのは、俺か白石か一瞬分からなかった。

 たぶん俺だった。


「返答の遅れ、視線の移動、呼吸の乱れ。接続前確認では見る」

「今のもですか」


 白石の声が少し硬くなる。


「必要なら」

「何でも記録するんですか」

「何でもではない」


 答えは短い。

 短いほど、余計に嫌だった。


 先生が正面の画面を切り替える。

 白い背景に、黒い線が何本か出た。

 数字。

 日時。

 実技室。

 担当教員。


《単発同期値:六十三》

《再測定値:三十一/二十九/三十四》

《接続波形:要再観測》

《状態:異常継続》


 六十三だけが、他の文字より先に目に入った。


 白石も見ている。

 横顔は動かない。

 動かないのに、呼吸だけが少し遅れた。


 俺はそれを見てしまう。

 見て、すぐに目を戻した。

 戻した先にも、六十三がある。


「昨日の数字を再現する必要はない」


 先生が言う。


 白石の肩が、ほんの少し動いた。


「なら、どうして見せるんですか」

「見た状態で、どう変わるかを見るためだ」


 白石は黙った。


 俺も黙った。


 画面に出ているのは、ただの記録のはずだった。

 でも自分たちより先に、昨日の自分たちだけがここに座っているみたいだった。


「二人とも、奥のラインに立て」


 観測室の奥に、細い白線が引かれていた。

 実技室のラインより短い。

 部屋の端に無理やり作ったみたいな場所だった。


 白石が立つ。

 俺も立つ。


 椅子を戻す音が、少しずれた。


「接続はしない。初期同調だけを見る」

「またですか」


 白石が言った。

 言ってから、自分でも少し驚いた顔をした。


 先生は気にしなかった。


「まただ」


 その返しで、白石の眉がわずかに寄る。

 俺は笑いそうになって、やめた。

 笑う場面ではなかった。

 でも、少しだけ空気が変になった。


「十秒。数字は表示しない」


 先生が端末に触れる。


「数字を見せないんですか」

「今は見せない」

「どうして」

「追うからだ」


 白石は言い返さなかった。

 たぶん、言い返したかった。

 その横顔で分かる。

 分かる、と思った瞬間に、自分の息が浅くなった。


「開始」


 十秒は短い。

 短いはずだった。


 一秒目。

 画面の六十三が頭に残っている。


 二秒目。

 白石の呼吸がいつもより硬い。


 三秒目。

 俺はそれを拾いそうになる。


 拾うな。

 でも、無視するな。


 どっちだよ、と思った。

 思った瞬間、耳の奥がかすかに鳴った。


 白石の目が動く。

 俺を見たわけじゃない。

 でも、こっちに何かが来た感じがした。


 四秒目。


 そこから先を、うまく数えられなかった。


「終了」


 端末が鳴った。

 普通の音だった。

 普通の音なのに、胸の奥だけが変に残る。


 白石はすぐに画面を見た。

 でも数字は出ていない。

 線だけが、細く揺れている。


「今の数値は」


 白石が聞く。


「見せないと言った」

「確認はするんですよね」

「こちらでする」


 白石の手が、制服の袖に触れた。

 今度は戻すのが少し遅れた。


「私たちの記録なのに」


 声は小さかった。

 先生には聞こえたはずだ。

 でも先生は、すぐには答えなかった。


 壁の端末が低く鳴る。

 画面の端に、短い表示が出た。


《反応保持》

《比較対象外》


 比較対象外。


 白石がその文字を見た。

 俺も見た。


「比較対象外って、何と比べないんですか」


 聞いたのは俺だった。

 白石がこちらを見る。

 少しだけ、意外そうだった。


 先生は画面を閉じた。


「今は答えない」


 それだけだった。


 白石は何か言おうとして、やめた。

 俺も同じだった。


 観測室の中で、俺たちの名前だけがまだ画面に残っている。


 先生は端末を机に置いた。


「明日、接続試験を行う」


 白石の息が止まった。

 俺の方が、少し遅れて止まった。


「今日はここまでだ」


 終わった、という感じはしなかった。


 椅子に置いた鞄を取る時、白石の手が少しだけ俺の鞄に触れた。

 ほんの一瞬。


「ごめん」


 白石が先に言った。


 その言葉が、いつもの俺みたいで。

 俺はすぐに返せなかった。


「今のは」


 白石が言いかけて、止まる。


 先生の端末が、また短く鳴った。


 白石は何も言わないまま、手を引いた。


 俺の鞄の持ち手だけが、少しずれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ