第12話 再観測通知
その日の帰り道、白石とは校門で別れた。
白石が先に足を向けたから、俺も逆へ行った。
でも白石は「じゃあ」とだけ言って、駅とは反対方向へ歩き出した。俺も「また明日」と返して、いつもの道へ向かった。
少し前なら、それで終わっていた。
今日は、終わった感じがしなかった。
夕方の駅前は人が多い。部活帰りの生徒、買い物袋を持った人、信号待ちで端末を見ている会社員。誰もこちらを見ていない。
それなのに、首の後ろだけがまだ実技室にいた。
改札の横で、小さい子が切符を落とした。母親らしい人がしゃがんで拾う。駅員が「大丈夫ですよ」と言う。
その声だけが、やけに遠い。
六十三。
三十一。
二十九。
三十四。
数字は、残り方が嫌だ。
高い数字も、低い数字も、どちらも人を縛る。
改札前で端末が震えた。
通知音は短い。
画面を見る前に、親指が止まった。
画面を開く。
《個別通知》
《神代玲》
《個別確認区分へ更新されました》
足が止まった。
人の流れが横を抜けていく。誰かの肩が軽くぶつかって、「すみません」と言われる。反射で「いえ」と返した。声が少し遅れた。
通知は続いている。
《対象記録:単発同期値六十三》
《接続波形:要再観測》
《状態:異常継続》
《仮ペア相手:白石凛》
《明日放課後、第二実技棟観測室へ出頭》
出頭。
学校の通知で見るには、強い言葉だった。
画面の下に、小さな注意書きがある。
《通常仮ペア記録は個別確認対象に含まれません》
そこだけ、何度も読み返した。
通常ではない。
駅の音が、そこだけ引いた。
端末を握る手に力が入る。
白石にも通知が行っているのだろうか。
白石の名前が、画面の連絡欄にある。
駅前の大型ビジョンでは、知らないアイドルが笑っていた。音だけが明るい。
連絡しようとして、画面を開く。仮ペアの連絡欄には白石の名前がある。昨日までならなかったものだ。
文字を打つ。
《通知来た?》
送信前に止まる。
これでいいのか。
軽い。
でも重く書けばいいわけでもない。
消して、打ち直す。
《個別確認区分って来た》
これも違う。
ただの報告だった。
もう一度消す。
結局、何も送れなかった。
改札の向こうで電車の到着音が鳴る。人が動き出す。その流れの中に、見覚えのある横顔があった。
白石。
反対方向へ帰ったはずなのに。
彼女は改札の少し離れた場所で立っていた。端末を手に持っている。画面を見ているわけではない。ただ、握っている。
声をかけようとして、止まる。
白石の顔は、いつも通りに見えた。
見えただけだ。
人の流れが間を遮る。
白石がこちらに気づく。
目が合った。
驚いた顔はしなかった。
ただ、端末を握り直した。
俺は近づいた。
「白石」
「神代くん」
同時だった。
それだけで、変な空気になる。
白石は端末を伏せる。
「通知」
「来た」
「個別確認区分?」
「うん」
短いやり取り。
周りの人は誰も気にしない。駅前のざわめきは、俺たちのことなんて簡単に飲み込む。
でも、その中で白石の声だけが細く残る。
「通常仮ペアは、対象に含まれないって」
「書いてあった」
「なら、私たちは何」
人の流れが、白石の肩の向こうを抜けていく。
白石も、答えを待つ顔ではなかった。
白石の声は、そこで細くなった。
「分からない」
俺が言うと、白石は息を吐いた。
「最近、そればっかり」
「悪い」
言ってから、まずいと思う。
白石がこちらを見る。
でも今回は、刺してこなかった。
「今のは、許す」
「基準が分からない」
「私も分からない」
白石はそう言ってから、少しだけ眉を寄せた。
「……許すって、何」
「自分で言っただろ」
「言った。今、変だった」
白石は端末をしまった。
指先が少し震えていた。
寒いわけではない。
俺は見なかったふりをしそうになって、やめた。
「白石」
「何」
「明日、一緒に行く?」
白石はすぐには答えなかった。
駅前の信号が青に変わる。人が流れる。俺たちだけが、少し遅れてそこに残る。
「行かない選択肢、あるの」
「通知には出頭って書いてた」
「じゃあ、ない」
「うん」
白石は視線を落とした。
「でも、一人で行くよりは」
そこで止まる。
最後まで言わない。
言わないまま、彼女は顔を上げた。
「明日、校門で」
「分かった」
「早い」
「気をつける、だったな」
白石は目を細めた。
笑ったのかどうかは、分からなかった。
電車の音が近づいてくる。
端末の中には、まだ通知が残っている。
明日、第二実技棟観測室。
行けば、たぶん何か言われる。
言われたくない気もする。
白石は改札の方へ歩き出した。
俺も、少し遅れて隣に並ぶ。
自動改札が一台だけ赤く光って止まった。
後ろの人が小さく舌打ちする。
白石は、改札の前で一度だけ振り返った。
「神代くん」
「何」
白石は言わなかった。
改札の赤いランプが消える。
俺はまだ、通知を閉じられなかった。




