クィトス王国 4
『4』とありますが、別に3から続いているわけではありません。
最近のクィトス王国の日常です。
『アスカトリア:勇者は公表済み。呼び出した時期は不明。実力はアイアン程度。ただし表に出てくるのは3人のみ。残り1人に関しては『聖女』とともに対象が接触する可能性大。
対象の周囲:娼館ギルド・グランドマスターとも繋がりを持った模様。対象の策によって王都アスクルスは混乱に陥ったが現在は落ち着きを取り戻す。しかし王家と勇者への疑心が広がりつつある。
対象:相変わらず。
追記:対象が常に手を抜いている可能性有り。危険度はミスリル以上と推測。※これらは正確な情報ではない』
「………………ふぅ……」
いつものように簡潔で要点のみしか書かれていない報告書を読み終えたウルは、若干憂鬱そうに細く息を吐き出した。
「尽くおかしいですね、彼は。さすが『理不尽』と呼ばれるだけあります」
これまでの報告から、タクがどれだけ非常識な存在なのかはウルだって十分に承知している。しているのだが、その仲間も非常識なのは何故。しかも非常識の筆頭はまだ実力を隠しているらしい。正確ではないと書かれているが、ある程度の確証が無ければあのクノイチが報告書に書くわけがないのだ。つまりこれはほぼ正しい情報、ということになる。
(それにしても、どうやってこの書簡を届けているのか……私の周りには常識が通用しない人ばかりですか。そのうち私もあちら側に巻き込まれそうで怖いですね)
ウルは、一般人よりタクの方が自分に近いことぐらい理解している。それを認めるかどうかはまた別の話だが。
しかし今は常識がどうのこうのよりも考えるべき問題があった。
(アスカトリアは勇者召喚を終わらせていたのですね。しかしどういうことでしょう? クィトスとそこまで技術的な差は無いはずですが……しかも公表したとなると、勇者を鍛える期間は終えた……? いえ、それでは実力がアイアン級だという部分の説明が付きませんか。つまりアスカトリアは『召喚の儀式』か『勇者の鍛錬』そのどちらかを疎かにしましたね。それはまたなんとも――愚かな)
勇者というのは最初から強いわけではない。まぁ例外も居たが、基本的には凄まじい潜在能力を持っているだけの一般人なのだ。だからしっかりと鍛えなければ勇者として活躍することは出来ない。
そして活躍することが出来なければ、今後の外交において不利な条件を突き付けられるかもしれないのだ。『世界の大穴』で使い物にならなかった勇者など、ただの弱点に成り下がってしまう。その可能性を未然に潰さない為政者なんて為政者とは呼べない。だからこそウルは“愚か”だと断じたのだ。
実際は、儀式と鍛錬、そのどちらもアスカトリアは手を抜いていたのだが、そんな馬鹿げている可能性をウルは考えなかった。いや、考えられなかったと言うべきか。そんなことをする輩は愚かを通り越して無能なのだから。
(しかしアスカトリアは何を考えているのでしょうか。『5人目』を城内に匿うなど……要らぬ火種を抱え込むほどの利があるということですかね? もしタク様のような方だとしたら、それは逆に食い尽くされそうです)
恐らくは、召喚の儀式に『5人目の災厄』を知っている人物が居なかったのだろう。もしくは王家の人間だけだったか。そして愚かにもその“力”を利用しようとした。
(あちらに『カミコ』は居ないはず……だとするなら『災厄』もまた『災厄』として伝えられているはずなのですが……むぅ……こうなると王女という腰の重い立場は枷になりますね。自らの目で確かめられないのがこれほど面倒だとは)
ウルは常々、自分の立場を疎ましく思っていた。別に王女じゃなくてもやれることは沢山あるのだ。むしろ王女だからやれないことの方が多いかもしれないという有様。それでも偶然手にした権力を駆使して、これからやるべきことを着々と進めているのだから逞しいというか何というか。
まぁこれでも仕事量という観点で見るならば、勇者召喚前と比べると激減しているのだ。故に頭を悩ますことはあれどストレスが溜まることは少ない。というかストレスが溜まった状態で修兵と試合でもしようものなら半殺しでは済まされないだろう。実はその試合自体がストレス解消の役に立っているのだが……真剣に臨んでいる青の勇者達はそのことに気付いていない。
「ウルティリス様。ナキリ様がまた試合の申し込みを……」
「1級魔法が使えるようになるまでは跳ね除けなさい」
「は、はいっ」
最近は、修兵がむやみやたらにウルへ挑みかかるので、ちゃんとした手段を踏まないと顔を見ることすら出来なくなっていた。ウルの仕事が減ったとはいえそこは王女である。激務から多忙に変わった程度の違いであり、やることはまだまだ沢山あるのだった。その貴重な時間の尽くを修兵個人に削られては堪らない、というのが王国側の本音だ。
さて、修兵の試合嘆願書を跳ね除けたウルだが、その手にはクノイチからの報告書とは別の書類も握られていた。
それは黒羽からの試合嘆願書だ。
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「珍しいですね。アマミヤ様からのお誘いとは」
「私もそろそろ、王女サマと話しておかないとダメかと思ったのよ。このまま飼い殺しとか嫌だし」
「…そんなつもりはありませんよ? 公表後は今よりも自由に動けるはずです」
「それはさ、結局のところ、そう思わせてクィトスの中だけで満足させようとしているんじゃないの?」
「それこそあり得ません。そんな小細工で未知への興味を消すことなど出来ませんから」
場所はあの殺風景なウルの私室で。
腹黒い女と鋭い女が、小さな机を挟んで対峙していた。
「…王女サマが嘘をあまり吐かないのは知ってるから、今の言葉は信じてあげるわ」
「ありがとうございます」
「でも、その言葉が守られるかどうかは別の話よね」
「……つまり、アマミヤ様は自由の確約が欲しい、と?」
「そこまでいかなくても、せめて……そうね、煩わしい貴族のボンボンが近付けないような何かが欲しいのよ」
そこで憂鬱そうな息を1つ。どうやら黒羽は本気で貴族達に参っているらしい。城内の生活が堅苦しい云々の前に、そちらをどうにかしないと円形脱毛症くらいにはなるかもしれないほどに黒羽は辟易としていたのだ。
「中には誠実な方もいらっしゃったかと思いますが……?」
「ダメ。ああいう煌びやか? な感じの雰囲気が生理的に無理なのよ。誰かと結婚すれば丸く収まるのでしょうけど……樹はアレだし、修兵はバカだし、タクは追い出されるしで相手すら居ない状態だわ……」
「はぁ……そうですか」
中世程度の文明社会で過ごしてきたウルと、現代の地球の中でも更に栄えていると言える都市部で暮らしてきた黒羽。その考え方の相違は簡単には埋まらないほどに深い。
この世界での常識で言うならば、貴族に求婚されて続けている黒羽は世の女性の羨望の的だ。それを無理だと言われるのはさすがのウルでも予想外だった。逆に、黒羽からしてみれば金銭や利権に関する黒い世界からやっと抜け出せたのに、またその生活に戻るなどあり得ないということだ。
「別にタクのような自由は要らないから、そこだけはお願いね?」
「分かりました。……ですが、それは私に勝てたらですよ?」
「それこそ承知しているわ。私が出した条件だしね」
黒羽がウルに渡した試合嘆願書には、試合に関することとは別にあることが書かれていた。それは――
「『クレハ・アマミヤが勝利した場合はその願いを叶え、ウルティリス・ニア・ラウ・アウスレーゼが勝利した場合はクレハ・アマミヤを自由にする権利を得る』……また大きな賭けに出ましたね、アマミヤ様?」
どちらも微笑。片や黒い笑みで、片や冷たい笑みで。
元々はただの歌手だった黒羽が殺気を滲ませていることに言及する人物など誰1人とて居なかった。




