63話 シオン
騒がしくなった謁見の間を後にしたタク達は、しかし出てすぐに、とある女性によって立ち止まらざるを得なくなっていた。いや、それは正確ではないか。
「タク様……?」
「……マスター、どうしたの?」
立ち止まった理由は簡単で、タクが女性を睨み付けて動かなくなってしまったからだ。しかしそこに敵意や殺意はなく、警戒心だけが目に浮かんでいた。
普段なら殺気を撒き散らしていそうな状態のタクに相対するは、紫眼白髪の女性。膝下まで伸びた長い髪を腰辺りで黒いリボンを使って纏めているのが特徴的だ。羽衣のような白い法衣も目立つが。
「お前……」
「とりあえず、ついて来てもらえますか? 話はそこで」
「………………チッ」
「なんか知り合いっぽい空気ですけど、フィムさんは知ってます?」
「……? 知らない」
「そうですか……あ、ちょ、待ってくださいよー!」
純白の女性に嫌々ながら従ってタクは歩いて行ってしまった。それを急いで追いかけるフィムと龍瑠。そこからは一言も交わすことなく、なんとなく悪い雰囲気のまま目的の部屋に入った。
女性とタクはテーブルを挟んでソファに腰かけ、フィムと龍瑠はタクの背後に立つ。一応2人は従者という扱いなので同席することが出来ないのだ。
「さて、まずは掃除について感謝しておく」
僅かな沈黙を破ったのはタクだった。しかし開口一番に出た言葉は意味不明で、タク以外は首を傾げる……が、続く言葉に1人は臨戦態勢に入り、1人はさらに首を傾げ、1人は感心したように頷いた。
「カイルの私兵は数だけは多かったからどうしようかと悩んでいたんだ。お前も後始末は苦労したんじゃないか? なぁ、シトラス」
「……っ!!」
「…さすがですね。やはり分かってしまいますか」
「え、あの、誰なんですか? 仲間外れ感が凄いんですけど」
それなりに掻き回された話し合いの場だが、まだ続くタクの言葉に、今度こそタク以外の全員が驚愕することになる。
「それとも――『聖女』様と呼んだ方がいいのか?」
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タクが地球に居た頃、15歳を過ぎたあたりから付き合い始めた女性が居た。
その女性の名は、シオン・F・スリジエ。『桜』の名を冠したタクと同様の実験生体兵器だ。濃紫の瞳と純白の髪が特徴的な、外見的には普通の女の子である。
表向きの身分はキリスト教の修道女で、タクとは同い年だった。出会った場所がまたアレなのだが……そこら辺は長くなるので今回はスルーさせてもらう。
さて、まぁ男女のあれこれがありつつもタクは傭兵兼殺し屋として、女性はちょっと特殊な立場に居るシスターとして、平穏とは決して言えないが2人は仲良く暮らしていた。
だが終わりは唐突に訪れる。
身分は修道女だが、その実バチカン内部で育てられた特殊戦闘員であった女性はタクと深く関わり過ぎたのだ。女性が所属していた組織はそれを裏切り、ないし危険行為と見なした。そしてすぐに女性を捕らえる為の部隊が投入されることになった。
そうなれば女性はもちろんタクも本気で抵抗することになる。それは両者ともに損な戦いで、バチカンその他は全戦力の1割と少しを失い、タク側は女性の大怪我という結果で終わった。
――しかしその後、女性はすぐに死ぬことになる。他でもない、タクの手によって。
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「シオンは死んだはずだ。たしかに俺が殺した。確実に首を飛ばしたし、影武者だった可能性は皆無だ。本物か偽物か、なんて1年も一緒に居たんだから間違えるわけがない」
少しだけ殺気を滲ませながら、過去を確認するようにタクは語る。
「しかもここは異世界だ。規模から考えて、万が一にもどこかの大国の実験施設って可能性は無い。ま、最近開発が進んでいた脳波を読み取って誤認させる装置が俺の頭に付けられているなら別だがな」
その可能性は、それこそ万に一つもないけどな……とタクは締めくくった。
沈黙が部屋の中を支配する。……結構シリアスな空気なのに、タクの背後に立つ2人は話に全くついていけず暇なのか互いに枝毛を探していたりしたが。
「で、お前は誰だ」
「――ふぅ……敵わないなぁ。君の推測通り、ボクはボクのままさ。ずっと変わらずに、シオン・F・スリジエだよ」
途端に『聖女』が纏っていた空気がガラッと変わった。今までは静謐な、まさに聖女に相応しいと言うべきものだったそれが、瞬時に得体の知れない深い気配になったのだ。
「やっと素の状態に戻ったか」
「『聖女』の仮面は重いから外しにくくてさ……それにしてもあれだね。君も君のままのようで何よりだ」
「そこはどうでもいい。それよりお前はどうしてこの世界に居る? お前が『迷い人』なのか?」
「違うよ。ボクは……なんて言えばいいのかな。んー……言葉を尽くしても君は納得してくれそうにないんだけど、どうすればいいと思う?」
「俺に聞くな」
にべもない回答に、『聖女』改めシオンは懐かしそうに相好を崩した。それはまるで恋する女の子のようで……その雰囲気にフィムと龍瑠が素早く反応した。
「……渡さない」
「タク様は妾達の主ですからね! たとえ『聖女』様でも渡しませんよ!」
両側からタクに抱きついて……いや、しがみ付いて“渡しません!”と意思表示をする2人を見て暫し呆然とした後、シオンは堪えきれないとでも言うように笑い出した。
「ぷっ、くくくく……た、タク…とても愛されているようだね……くふっ……」
「ブッ飛ばすぞコラ」
タクはやんわりと、無駄に合気系の技術をフル活用しながら2人を引き剥がし、溜息を1つ吐き出してから話を戻す。
「それでだ。お前は勇者じゃないんだな?」
「ボクは腐っても『聖女』だからねぇ。あぁ、分かったから。ちゃんとこの世界にボクが存在する理由を話すよ」
いつの間にか用意されていた紅茶を啜って一息ついてから、
「ボクは元々こっちの世界の人間なんだ」
そんなことを言った。これに辛うじて話について来ていたらしいフィムと龍瑠が驚愕する。というか何故か嫉妬していた。まぁタクの故郷を知っている――厳密には違う。というかタクの故郷は木端微塵に吹き飛んで跡形もない――という事実は嫉妬しても仕方ない……のかもしれない。
なんか背後の2人が色々な“ヤル気”に満ち満ちていることにタクは気付いていたが、そこに触れても良いことは無さそうだったので取り敢えずスルーした。
「………………つまりなんだ、お前は異世界人だったと?」
「そうなるね。まぁ、こっちから地球に行く過程で身体が変わっちゃったけど」
「転移じゃなくて転生ってことか」
「まさか実験施設に生まれるとは思わなかったけどね。……というか君、こんな話で納得できるのかい?」
「俺を含め、地球からこっちに転移したヤツが少なくとも10人は居るんだ。いくら非常識でも否定できる材料が無い。第一、こっちから地球に転移しないなんて確証も無いしな」
たしかにその通りで、誰も転移・転生は一方通行だとは言っていない。地球にも異世界人が居る可能性はあるのだ。実際に転移してきたタクからしてみれば全く以て否定できないことだった。
「ふむ、まぁ……お前がどこの人間だろうが今は関係ない。なんでこの世界に居るのかが問題だからな」
「あぁ、そうだったね。……ボクはこの世界の女神に呼ばれてこっちに戻って来たんだ。君に殺してもらった後、すぐに転生したんだけど……ちょっとズレがあったみたいだね。君と同年代のようだし」
「俺は16だぞ。そろそろ17になるが」
「ならやっぱり同じだ。こっちの世界の方が時間の流れが速いのかもしれないね。地球と相対的に見たら、という注釈がつくけど」
「(フィムさん。今妾はとても重要なことを聞いてしまったのですが)」
「(……?)」
「(歳ですよ! 年齢! タク様ってまだ16歳だったんですか!?)」
「(……ん。そう言ってた)」
「(嘘でしょう? 全く可愛げがありませんよ!?)」
(……悪かったな、可愛げがなくて)
そんなことはともかく。
「シオン、ここの勇者のことは知ってるか?」
「もちろん。君が求めている人のこともね。『5人目』というのは……いやはや、面倒な立場だ」
「他人事だと思いやがって……ってそうじゃない。なんでここの勇者は3人しか活動していないんだ? 王家に拘束されてるのか?」
「それは誤解だよ。ボクも見たことないんだけど、どうやら言葉が通じないらしいんだ。少なくとも、この世界の公用語である日本語ではないってさ。英語も通じないらしいよ?」
「公用語が日本語なのか……いや、それより、なんで英語は通じないと分かったんだ?」
「あ、それはあの、えっと、なんだっけな……太った勇者クンが教えてくれてね」
「赤井のクソか。どうせシオンを狙って近付いたんだろうな」
「ふふ、だと思うよ。残念ながらボクのタイプではないからお断りしたけど」
偶には祐樹も役立つようだ。
嘘か真か、4人目の勇者には日本語と英語が通じないらしい。つまり完全な外国人、もしくは何らかの理由によって会話が出来ない状態だということだ。祐樹の英語レベルがどの程度だったのかという疑問はあるが。
返事があったのかどうかは分からない。そこまではシオンも聞かなかったとか。まぁ返事があったとしてもあのバカ勇者達が理解できたかどうか……多分、理解できなかったのだろう。
「それで、君はどっちを助けるんだい?」
「別に助けるわけじゃないけどな。一応は地下に居るはずの『5人目』が第一目標だ」
「うーん……それは順番を変えた方がいいよ。4人目の部屋なら分かってるし」
「いや、そっちを連れ出す意味が無いだろ」
「まぁまぁ、ここはボクの顔を立てると思ってさ。君なら1人が2人に増えても変わらないだろう?」
「………………報酬は?」
「ボクの権力」
「また断りにくいものを……」
タクを良く知っているシオンならではの誘導だった。さて、タクの結論は――




