58話 アジテーター
その日、カーネアを中心に、様々な噂が流れた。
ある者が勇者は強くないと言い。ある者は相手が他国の勇者だったと言う。
それを聞いていた他の者達がこぞって、あいつは無名の冒険者だの、他国からの刺客だの、勇者反対派の差し金だのと勝手なことを言う。
しかし実際にその現場を見ていた者達は騒ぐ気になれなかった。
黒衣を纏った少年。勇者の魔法を正面から叩き潰し、それでもなお無傷だった理不尽な少年。目にも止まらぬ速度で腕を振り抜き、その度にあの勇者が悲鳴を上げる、それをただただ冷たい瞳で観察していた少年。
それがひたすらに恐ろしかった。
何をやったのかは分からない。勇者の悲鳴は本物で、けれども血が出ないから審判も止めようがなかった。服はボロボロのズタズタになっていたが。
その勇者は魘され続けて未だに目覚めていないという。現場を見ていた人間達はしょうがないと思った。しかし見ていない輩は、勇者は貧弱だとか、勇者は使えないなどと吹聴して回り、徐々にその意見がカーネアに浸透していった――
――吹聴者が金で雇われた人間だとも知らずに。
~~~~~~~~~~
赤の勇者、祐樹vsタキツことタクの公開試合が終わり、段々と混乱が広がっていく中。
「さすがは兄ちゃんだぜ」
「アンタは俺の何を知ってんだよ……」
「まさかあそこまで一方的だとはなぁ」
天幕の中ではティックに馴れ馴れしく絡まれていた。
まぁタクだってこの行動の意味くらいは分かる。簡単に言えば、ドン引き状態である冒険者達との間を取り持ってくれているのだ。コイツは危険じゃないよと、肩も組めるぜと。最後のは若干余計だったが。
「それより、これからどうするつもりだ? かなり混乱するぞ」
「なーに言ってやがる。兄ちゃんだって手は打ってあんだろ?」
「多少はな。だが俺だけじゃ足りない」
「おいおい、これでもギルドマスターだぞ? 動かせる人間なら兄ちゃんよりも上さ」
つまり両者ともにこれから始まる混乱に対しての対策はしていた、ということだった。タクはあくまで王家の目を自分に向けるためにやったことであるし、ティックとしてはあそこまでボロクソにされた勇者を見ただけで満足だ。互いに混乱を呼びたいわけではない。だから無駄な騒乱などを起こさないために色々と手を尽くしていたのだ。
「でも、兄ちゃんにそんな暇あったか?」
「言ったお前が聞くのか? ……昨日アンタと話してから暇だったからな。盗賊ギルドに顔を出してきた」
「おう」
「で、なんかあっちにも俺の情報が行き渡っていたからすぐにシルバーランクに格上げされた」
「「「ぶほっ!?」」」
事の推移を見守っていた冒険者達の大半が吹き出した。いきなり銀まで格上げとかお前一体なにしたし! が総意である。まぁ実際は簡単なことで、盗賊ギルドに侵入したこと、同じく娼館ギルドにも、そして辺境伯のお墨付きだ。これではランクを上げざるを得ない、というのが盗賊ギルドの本音だった。
「なるほどだぜ。そこで扇動を頼んだのか」
「あぁ。扇動者が居れば世論なんてコロコロと変わるものだ。幸い、さっきギルドで話してから公開試合が始まるまで時間もあったしな」
お前はどこの為政者だと言いたげな顔をしたのは1人ではなかったが、なるほどこれはギルド長が一目置くわけだと納得したのも1人ではなかった。この場に居る冒険者達は知らない。タクが灰から金にランクアップすることを。知っていたらブーイングの嵐だっただろう。
「さて、俺は騒ぎがデカくなる前にここを出るぞ。だから報酬を寄越せ」
「あん? 現物じゃなくていいのか兄ちゃん?」
「俺がこの街で暴れてもいいならゆっくりとカーネアを満喫するが?」
「よし分かった! 金貨4枚でどうだ?」
ティックとてこれから国と事を構える存在を匿いたくはない。しかもこの街で国の騎士やらと戦うぞと暗に脅されたのだ。これでゆっくりしていけなんて言うヤツはギルド長になんかなれない。
「4,000万か……まぁいいだろ。もう1つの報酬に関しては騒ぎが収まってからでいい」
「おう、それは助かるぜ。ここでランクアップとか繋がってますアピールだからな」
4,000万をぽんと出してしまうティックもそうだが、それを聞いても全く動揺しないタクもタクだった。地球では傭兵と殺しの依頼を受けていたので、1件につきそれくらいの報酬を貰っていた、というのも動じない理由の1つだが。
「すぐに出せるのか?」
「こんなこともあろうかと……ほれ、金貨4枚、たしかにあるぜ」
「そんな大金をポケットに入れて持ち歩くなよ……」
「ポケットマネーだからな!」
「それは物理的な意味じゃねぇ」
とりあえずタクはその大金を懐に仕舞う……フリをして『ストレージ』の中に入れた。スリや強盗の類など逆に搾り取るタクだが、態々大金を剥き出しにしておく理由はない。
「…よし。じゃ、また機会があれば」
「おう。兄ちゃんも達者でな」
それだけ言ってタクは天幕を出て行く。むしろこれからが大変なのだ。無駄を嫌うタクとしては、騒ぎも混乱も無く目的を達成したい。しかしそれでは相手に舐められるし、最悪の場合は目的を達成することが出来なくなる。まぁ極論を言えば、別に国家転覆を狙っても良いのだが。
「フィム、龍瑠」
「……ん」
「タク様、また派手にやりましたね」
「別に派手ではないだろ。血も出てない」
「見た人数の問題ですよ……」
これ見よがしに溜息を吐く龍瑠。その頬を抓まみ限界まで左右に引っ張るフィム。
「…いふぁいほへふふぁ?(痛いのですが?)」
「……さすがに、無礼。次は燃やす」
「ひっ!?」
基準がよく分からないが、フィム的にはタクに不快感を与える言動は無礼に当たるらしい。龍瑠もこの緩い奴隷生活で気が緩んでいたのか何なのか。とにかく、1つ言えることは燃やすと宣言したフィムよりも主人であるタクの方が怖い、ということだ。
「た、タク様……?」
「フィムが許すんならいいんじゃねぇの?」
「……今回だけ」
「あ、ありがとうございます……!」
なんかもう龍瑠は泣きそうだった。恐怖と安堵と感謝で変な顔にもなっていた。そして二度と同じ過ちをしないと龍瑠は固く固く誓った。こんな恐怖はもう味わいたくない、と。
「はぁ……とりあえずこの街は出るぞ」
「……組手?」
「いや、急ぎだからな。走って行く」
「飛んではいかないので?」
「それだと悪目立ちが過ぎるだろ。まだ走っていた方が理由も付けやすい」
たしかに翼を生やしていたら言い訳など何も出来ない。めでたく人外認定されて迫害を受けて終わりだろう。人は自分の理解が及ばないものに対して過剰なまでに厳しいのだ。
「というわけで、目標は今日中に王都入りだ」
「え゛?」
「……間に合う?」
「厳しいだろうな。だからこれは鍛錬の一部だと思え」
カーネアから王都まで歩いて3日。その距離は大体100㎞。そして今は公開試合が終わった後なので時刻にすると14時ほど。さらに言えば王都の門が閉まるのは18時頃だ。
「時速25㎞ならどうとでもなる」
「じそく? きろめーとる?」
「今は理解できなくてもいい。後で単位やら算術やらを教えてやるよ」
時速25㎞=およそ秒速7mである。50mを7秒で駆け抜けなければならない。もっと言えばフルマラソンを1時間45分程度で走り終えるという無茶ぶりだ。世界記録の大幅更新どころではない。
「ま、速度は俺が調整するから、お前らはついて来るだけでいい」
「それが一番不安なのですが……」
「……ん」
「ついて来れなかったら全力の組手な」
「たとえこの脚が折れようともついて行きますっ!」
「……ん!」
「その意気だ」
今日もいつも通り、平穏な3人であった。




