57話 殺しはしない
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「うおぉぉぉー!」
「へへ、遅いっつーの。《フレイム・アロー》!」
「いぎゃあああああ!!?」
ようやく始まった公開試合は、勇者の圧倒的な魔法が尽くを焼き尽くす展開が続いた。……表向きは。
「これでよくバレないものだな?」
「観戦者は殆どが一般人だからこそだ。現に兄ちゃんから見たらイライラしてくる光景だろう?」
タク達を含む会場の一部実力者達と、銀以上の戦いを見たことがある商人、それに銀以上の冒険者に仕えている奴隷は、ここまでの腑抜けた戦いに不満タラタラ……なら良かったのだが、勇者が高笑いして喜ぶものだから殺気すら覚えているほどだった。
今やられた(ように見える)冒険者だって上手く全力で走っているように見せていたが、実際は普段の4割も出していないだろう。しかも魔法は片足にしか当たっていない。あれくらいで悲鳴を上げる柔な根性の持ち主など銀以上には存在しない。というかその足も大した怪我はしていなかった。
「ふぃ~、どうよ、オレっちの演技は」
「ぶっははは! さ、最高だったぜ! あ~腹痛ぇ」
「『へへ、遅いっつーの。《ふれいむ・あろ~》!』……あっはははははは!!」
治療室という名目で作られた天幕の中ではこんな会話ばかりだ。訳知りの治癒術師もずっと苦笑いである。なにせ怪我をして運ばれてくる冒険者達の誰もが治療など必要ないほどの軽傷で騒いでいるのだから。冗談抜きで、この天幕はこの冒険者達を隠すための役目しかなかった。
「さて、次は兄ちゃんの番だ」
「なんかやる気が無くなったけどな」
どう見ても『ユーキ・アカイ』は弱過ぎる。それがタクの率直な感想だった。
恐らくはこれからどんどん強くなっていく可能性もあるのだろうが、自分が一番だと思い込んでいるからかこれ以上の成長は見込めなさそうだ。
「これじゃあ『世界の大穴』は俺がやるしかない、か」
「ん? なんか言ったか兄ちゃん」
「いや、弱過ぎて手加減が難しそうだと思ってな」
「殺さなきゃ問題ねぇぞ」
「そうだな。――死なないように殺してやるさ」
そう言うタクは少し笑っていて、
「じゃ、行ってくる」
静まり返った天幕から出て行った。
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「最後はお前か?」
「そうなるな」
会場の中央で、赤の勇者と5人目の勇者が対峙している。
「へへ、ま…一撃かな」
「名前は?」
「はぁ?」
「アンタの名前だよ」
「ちっ、赤井祐樹様だ! この世界で最強の男の名前だからな、覚えておけよ!」
「そうか、俺はタキツだ」
それはタクが対象に対して名乗る偽名。ある種の通り名でもある。この名で殺された人間は一体どれほど居るのか。
「お前の名前なんか聞いてないっつーの。ただの踏み台の名前なんか聞いても、ねぇ?」
「………………」
どうやら感情が薄いタクであっても、祐樹はムカつく存在らしい。現にその全身から薄ら寒い空気を垂れ流し始めた。しかしまともな戦闘などしたことがない祐樹はそれに気付けない。それは運が良いのか悪いのか。
その時、
「タク様ー! 頑張ってくださーい!」
「……龍瑠、恥ずかしい」
「えぇ!? だってフィムさんが応援しろと……」
「……大声は要らない」
「はぅっ……」
タクの背後辺りから2人の声が聞こえてきた。龍瑠がタクと言ってしまったが、祐樹はそこではなく2人の容姿に着目したようだ。
「へえ、あれが君の女? 可愛いじゃん。あ、心配しなくてもあれくらい可愛ければ最後まで面倒を見てあげるからね」
今のタクに、一番言ってはいけないことを言ってしまった。それを正確に知っているのは、この会場では龍瑠のみ。その龍瑠は祐樹の言葉が聞こえてしまったのか、脂汗をダラダラと流してフィムに心配されていた。聴覚が鋭いのも考え物である。
ちなみに、フィムは自分がどれだけの価値を持っているか正確には理解していない。自分が何かされることでタクが激怒するなど思考の片隅にもないのだ。まぁ奴隷のために激怒するなんてこの世界の常識には無いから仕方ない。
「へへっ、まずはあの――」
「審判、早く始めよう」
「あ、はい。んんっ、それではこれより、タキツ対アカイ様の練習試合を開始します! いざ尋常に…………始めっ!!」
「ちっ、気に入らないな。そんな態度なら死んでも文句ないよね、《カリエンテ・バースト》」
それは火炎系4級魔法。高熱の爆発を発生させる魔法だ。
しかしそれが一体どのような効果をタクに及ぼすというのか。フィムの〔焔〕の方が遥かに熱く、シトラスの《ヴェプロシオン》の方が爆発の威力も規模も上だと言うのに。
それを、魔力を視た瞬間に判断していたタクは、一切構わずに前へと歩を進めた。その数瞬後に爆発に巻き込まれる。
「はっ、バカが! それとも自殺願望でもあったの……か……?」
タクは全くの無傷で、炎の中から歩み出た。
「弱いな。精度・密度ともにクズか」
「なんっ――ちっ! 《ブレイズ・キャノン》!」
火炎の砲弾が祐樹の手から撃ち出された……が、それはタクに握り潰される。
「は…? 3級魔法を素手で……?」
「工夫も無し。的が動くことを理解していない」
「な、なんだよお前っ! こっちに来るな! 《ヴァルク・イラプション》!!」
祐樹は想定外の事態に混乱して2級魔法を放った。相手がどうなるかなど考えてもいない、ましてや周囲の観客など。
しかし、その魔法は発動すらしない。
「へ……?」
「想定外の事態に対する対応力が低い。また、それによる視野狭窄も酷い」
「なんでだよ! なんで発動しない!? 《ヴァルク・イラプション》! 《ヴァルク・イラプション》!!」
喚く赤の勇者、祐樹。その間も無言で歩を進めていくタク。これは何の余興なのかと楽しんでいたギャラリー達もようやく異変に気が付き始めた。勇者が追い詰められているのだと。
「くそっ! くそぉっ!! お前、この会場に何か仕込んだだろ!? そうに決まってる! そうじゃなきゃ僕が、勇者が負けるわけないんだ!」
「あっそ。よかったね」
「ぐっ…! ……っ!! ふ、ふひひ……なんだ、身体強化なら出来るじゃないか!」
(気付くの遅ぇ……)
「これでお前も終わりぶべぁ!?」
お飾りの剣を抜き、身体強化に全魔力を回してタクに切りかかった祐樹は、軽い裏拳に自ら突っ込む形で直角に進路を変えた。
「じゃあ、始めて終わらせようか。甘ったれのお坊ちゃん。心配するな、殺しはしない」
刀は使わない。タクの予想が正しければ、王族に近い人物にそれを見せることは避けた方がいいからだ。だからタクは〔空〕を纏わせた腕で祐樹の胸を薙いだ。
「っぎゃああぁぁぁあああああ!?」
「………………」
冷静に、冷徹に、冷酷に、冷めた目で勇気を観察しながらその全身を斬り裂いていく。
「ほら、次は右腕だ」
そう言いながら右足を貫き、さらにはその後に薙ぐ。
「っぐ! 教えるなんてバカ――いぎぃぃぃいい!? な、なんでっ!?」
「嘘に決まってんだろーが。次、首」
「ひっ! やめ――がぁぁぁあああああああ!!?!?」
腹を開かれて掻き混ぜられる感触に、祐樹はこの世のものとは思えないほど絶望と恐怖が籠もった叫びを上げる。
「ひ……」
「ゆ、勇者様?」
「おい、あれ大丈夫なのか?」
しかし何故か血が一滴も出ないので、観客からはタクが腕を振るう度に祐樹が叫んでいるようにしか見えない。
祐樹について来た騎士達もよく分からない事態に困惑するばかりで、公開試合を中断しようとはしていない。
そんな中でこの事態をある程度把握していたのは天幕の中に居る冒険者達と治癒術師、それに観客に混ざっている龍瑠だった。完全に把握していたのはフィムだけだ。
「フィムさん。タク様は何をしているんでしょうか?」
「……魔法で斬って、すぐに治してる」
「へ?」
「……血が出る前に、傷を塞いでる。だからあれは死なない。でも痛い」
「それはまた……なんというか、凄まじいことをしていますね」
「……普通は無理」
「フィムさんでも?」
「……ん。あれだけ速いと、頭が追い付かない」
「あー……たしか〔癒〕は殊更に集中力が要ると言ってましたね」
2人はこんな会話をしていたが。
フィムが言っていたことは全て正解である。付け加えるならもう1つ、未だにフィムでも習得できていない魔法……というか秘術のようなものを使っているのだが、それは龍瑠にすら明かせない秘匿事項だ。タクから言うなと厳命されればフィムだって素直に従う。
「ぁぁぁあああああああ!! ぜぇっ、ぜぇっ……こ、ごろじでやる……」
「殺気も何もない言葉ほど薄いものは無いよな」
「いぎぃぁぁあ!? や、やめっ、ごぁ、おげぇ……」
タクが拷問時によく責める指先と、頭頂部から股間までを一直線に斬り裂いた瞬間、あまりの痛みに精神が耐えかねて祐樹は白目を剥いて気絶した。
辺りが静寂に包まれる。
「審判、勇者サマは戦えないようだが」
「へ……あ、はい! 勝者、タキツ!!」
歓声も何もない試合を終えて、タクはどこか満足げな雰囲気で天幕へと戻っていった。




