56話 道化の計画
「勇者様ー!」
「ユーキ様だ!」
「こっち向いてぇー!!」
馬に乗った1人の青年に対して、カーネアの住人達が歓声を上げる。
「随分と人気だな?」
「カーネアには被害者が少ねぇんだ。王都に行きゃあれの悪口を嫌でも耳にするぞ」
「そんなにか」
「おうよ。他の勇者が抑えてくれると助かるんだがなぁ……」
「アンタの立場だと難しいしな」
その光景を見ながら面倒そうに話し合う2人。言うまでもなくタクとギルド長ティックだ。
この後にデモンストレーションとして予定されている勇者の公開試合のために、タクが『ユーキ・アカイ』を観察したいと言い出したのだ。
「そんで? 見てみた結果はどうだ?」
「大したことないな。あれで勇者なのか?」
「一応は人類最強……になる可能性を秘めているぞ」
「物は言い様だな」
タクの眼には緑色の魔力が映っている。つまりそれは、平均的な青色の魔力からあまり変化していないことを表しているのだ。これでも一応は強者の部類に入るのだが、如何せん勇者はその立場が面倒くさく、態々そんな輩を倒そうとする人間も居ない。故に勇者は(今のところ)無敗を誇っていて、それが傲慢と空虚な人気に繋がっている。
「せめて痩せる努力はした方がいいだろ」
「俺に言われても困るぜ。あれは魔法主体らしくて、本人曰く“自分は動かなくてもいい”んだとよ」
「その割には立派な剣をぶら下げてるが?」
「お飾りに決まってんだろ。言わせんなよ」
「言わなくても分かる」
タクが言ったように、勇者は太っていた。身長は160㎝あるかないか程度。だがその見た目から推定するに80㎏は超えているだろう。下手したら100㎏近くあるかもしれない。それが『ユーキ・アカイ』だった。
身体強化は元となる筋力その他が影響するので体は鍛えていた方が良い。さらに言えば剣を振り回すにしても贅肉が邪魔になるので、やはり痩せた方が良い。ちなみにこの世界には魔法を増幅したり補助したりする杖など無い。だから『ユーキ・アカイ』も剣を佩いているのだ。
「会場に行くか」
「おいおい、もう行くのかよ? 別に兄ちゃんが急ぐ必要は無いんだぜ?」
「騒がしいのは嫌いなんだ。こういう祭りみたいな雰囲気もな」
それだけ言ってスタスタと移動を始めてしまうタク。ティックも溜息を吐きながら後を追う。
今回、勇者の公開試合を行う場所には戦闘ギルドの裏にある演習場が選ばれた。そこは特に隔離されているわけでもないので周囲からも中が見える。だからもし、公開試合で勇者が負けたら――
――少なくともカーネアでは勇者、及び王国への信頼が揺らぐことだろう。
(……ティックが何を考えているのかは知らんが、俺にとっても好都合だ。現勇者の実力を知ることが出来る上に、俺へと国家の目を向けることが出来る。そうなればどんな形であれ接触しに来るだろう)
権力者に会うのが難しいのは、一般人の名前など覚えてくれないからだ。見知らぬ誰かが訪ねたところで強制退場させられるのがオチだろう。
しかしプラスでもマイナスでも顔と名前を覚えてもらえればその限りではない。どちらにしても自分の懐に入れるのは得だから。プラスの人間なら配下に、マイナスの人間ならその場で殺してしまえばいい。だからタクは勇者をボッコボコにする。
「なぁ、兄ちゃん。“迷い人”ってのは実際どうなんだ?」
「…言っている意味が分からないんだが」
「あー……だからよ、故郷に帰れるかどうかも分からねぇんだろ? 残してきたものとかは無ぇのか?」
「家族は居ないし恋人は死んだ。特に親しい人間も居なかったからな。思う所は無い」
「そ、そうか……意外とハードな人生だったんだな……」
「そこまで酷くはないだろ。こうして生きているわけだし」
タクはもっと酷い人生を歩み、目も当てられないような最期を迎えた人間を嫌というほどに知っている。ならばたとえ血に染まった運命だったとしても、生きていけるだけの力がある自分を不幸だと嘆くことは出来なかった。
ざわざわざわざわ……
「…なんだこの人混みは」
「そらあれだろ。勇者サマの戦闘姿が見れるんだから人だって集まるわな」
「……まぁ、大勢に見せられるなら好都合か」
会場であるギルドの演習場。その周辺にはギャラリーとでも言うべき人々が黒山のように集まっていた。
そして演習場の中央。そこには実に面倒そうな表情をした、恐らくは勇者に勝つことの意味が分かっている高ランク冒険者達が。ギルドマスターのティックと一緒にやってくる黒衣の少年に一瞬だけ訝しげな視線が送られたが、次の瞬間には納得の空気に変わった。タクは歩き方などを隠そうともしないので、その1歩だけで実力者だと分かってしまうのだ。見分けることも出来ないザコは除くが。
「よう、てめぇら。よくこんな茶番に出てくれた。報酬は弾むから道化を演じてくれや」
開口一番にティックがそんなことを言う。たしかに言葉の通りではあるのだが、それをここで言い切るのは果たしてどうなのか。集まっていた冒険者達も苦笑い気味だ。
「ところでティックさんよ。その末恐ろしい少年は誰だ? 見たことねぇ顔だが」
「おう、兄ちゃんは今回の鍵だ。兄ちゃんだけは道化じゃねぇ」
「――へぇ? これは面白くなってきたな」
さすがは最低でも“銀”の冒険者達といったところか。粗野な見た目で勘違いをする者が多いが、一定以上のランクに昇るためには頭だって必要なのだ。貴族などと接触する機会が増えるためバカだと不敬罪で処刑される。だからティックに話しかけた冒険者も、少ない言葉でこれから何が起こるのかを悟れたのだった。
「兄ちゃん、ここに居る野郎共は勇者の悪口を平気で言うアホばかりだ」
「俺が派手にやらないと納得できないのか」
「そういうこったな。死なせるのは不味いが……ま、高位治癒術師も居る。手足の2~3本なら大丈夫だろ」
「少なくとも半分は落とすのかよ」
「あのクソ勇者がこれ以上なにかをしないようにしねぇとな。どうせなら殺しちまった方が安心なんだが……」
「それは長い目で見ると損だな。少なくとも『世界の大穴』には向かってもらう」
「だな」
タクの意見には他の冒険者も概ね同意のようだ。殺したいが面倒なので生かしておく。言葉にすると最悪な方針だった。
「だがよ、その小僧で勝てるのか? 小僧が実力者なのは分かるが、あっちは腐っても勇者だ。銀寄りの鉄くらいの能力はあるぜ?」
「おう、兄ちゃんなら問題ねぇよ。ギガンテック・オーガを単騎討伐した猛者だぜ」
「はぁ!?」
「しかもアンクラウト辺境伯様のお墨付きだ」
「いやむしろ意味わかんねぇぞ!?」
それもそうだろう。滅多に人前に現れないとはいえ、過去に4回、大災害と言っても過言ではない損害を出した魔物を討伐したと言っても信じられない。しかも大貴族からのお墨付きとは、実は小僧と呼んだことすら不敬になるのではと、歴戦の冒険者達がビクビクし始めた。
「あのー、えっと……」
「俺は貴族でも何でもないから気を遣う必要は無い。アンクラウト辺境伯様とは大進行の際に知り合ったんだ」
「あぁ、なるほど」
大進行。そのワードで納得の空気が広がる。実は国境である森林や山脈から魔物が攻めてくるのは有名なのだ。
だったら増援として向かえばいいと思うかもしれないが、大進行が発生する時期は国内の魔物も何故か活発化するので下手に戦力を分散できないでいる。迷宮から魔物が溢れだす光景は何度見ても恐ろしいものだろう。
「そういうわけだから、兄ちゃんは全く問題ねぇ。いいな?」
反対する者は居ない。大貴族のお墨付きがあるということは、俄かには信じ難いG・オーガの単騎討伐も真実かもしれない。つまりタクには勝てないということ。前にも言ったが、冒険者は危機管理能力が高いのだ。
と、その時、演習場の入口辺りが騒がしくなってきた。少ししてそれは歓声に変わり、タク達へと近付いてくる。
「予定より早くないか?」
「奴はクソだからな。戦って、強さを証明して、女を好き勝手にする。どうせそんなことしか考えてねぇよ」
「ふーん。まぁ善人でも生贄になってもらうけどな」
こうして公開試合ならぬ公開処刑が始まろうとしていた――




