59話 娼館ギルド本部
アスカトリア王国・王都『アスクルス』。30万人もの国民を擁する大都市――比較のために例を挙げると、メルテリアが1.5万人。カーネアが2万人程度――である。
国境には大森林だの大山脈だのが横たわっているのでここ1,000年ほどは戦争も無い。どの国も海と面しているから何かを奪い合う必要性も少ないのだ。故に300年周期で王都の外壁は拡張され、いまでは三重の堅牢な要塞と化している――
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「ふぅ…意外と近いものですね」
「……全力だった」
「割とすぐだったな。さっさと中に入るぞ。カーネアから早馬が来たら俺が入れなくなる」
なんだかんだ言って、タク達は王都に余裕で辿り着いていた。走ることだけに集中したのもあるし、普段から時速25㎞なんて鼻で笑えるような速度で戦っていたという要因もある。しかしやはりと言うべきか、タクはこの異常な集団の中でもさらに異常だった。
「タク様……汗を掻いていないことについては無理やり納得しますけど、魔力を使わないであの速度とは一体どういうことですか……」
「……『闘気』、使った?」
「あぁ、身体強化だけならそっちの方が楽なんだよ」
「妾も使ってみたいですね」
「闘気術の習得はヤバいぞ? 俺がヤバいっていうんだからどれくらいヤバいのか想像は出来るよな?」
「えぇー……」
いやむしろ想像できないのだが。
「ふーむ……それにしても、やはり立派ですねぇ」
「そうか?」
「え、いや、立派でしょう?」
「俺だったら2秒で抜ける」
「それはタク様だからです!」
そう言われてもう一度タクは目の前に聳え立つ外壁を見上げるが、岩オンリーで造られた壁は現代人から見たら全く立派ではない。高いし分厚いので迫力はあるが、それでも立派とは言えない。
「高張力鋼とかなら手放しで褒めたけどな」
「こうちょうりょくこう?」
「戦艦の装甲に使われていた金属だ」
「せんかん???」
「あー……もういいや。面倒くさい」
「えぇっ!? ちょ、気になるじゃないですか! 最後まで教えてくださいよ!」
蛇足だが高張力鋼は戦艦ヤマトに使われていたものである。そんなもので都市を囲むとか不可能なので、実質タクは褒める気が無い。性質の悪い奴だった。
そんなこんなで騒いでいたら門兵に呼ばれ、3人はギルドカードを見せることで無事に何事も無く通過した。一応ザクロを獲ってきた功績があるので3人とも銅に昇格している。
あとこれは物凄くどうでもいいことだが、フィムが静かだったのは干し肉をもぐもぐしていたからだ。燃費の悪いフィムさんは走ってお腹が減ってしまったらしい。
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王都の賑わいを横目に、タクは最後の目的地に向かっていた。もう日は落ちたが、これから騒ぐ気満々の冒険者や稼ぎ時とばかりに誘う娼婦などで、まだまだ静かにはなりそうにない。
「ここか……」
そこは娼館ギルド・アスカトリア王国本部。メルテリアやカーネアにあった支部とは規模も質も比べ物にならないほどの建物だ。タクはここに例に漏れず情報収集に来ていた。
娼館ギルドで一体どのような情報が手に入るのか。それはもう多岐に亘る。
冒険者の客からなら魔物・迷宮の情報が、商人からなら物価や物流に関することが、お忍びで来る貴族からならば上流階級の様々な情報が手に入る。それ以外にも民衆の流行や世論などだって集めることが出来るのだ、娼館ギルドは。
その手に余るほどの情報が、タクはどうしても欲しい。近いうちに王国から呼び出しを食らうだろうから、特に貴族・勇者に関するものは押さえておきたい。
しかし今回はダレイスのような大貴族の支援や根回しがあるわけでもないので、不法侵入するのはあまり賢い選択とは言えないのだ。そんな事情もあって、タクは普通に門番へと話しかけた。
「どうも」
「ん? …ここはお前さんみたいなガキが来る所じゃない。帰れ帰れ」
「これ、娼館ギルドのカードです。取り敢えず中に入れてもらっても良いですか?」
「は? なっ、い、いえ! 申し訳ありませんでした! お入りください!」
「ありがとうございます」
ミリアーナ(メルテリアの娼館ギルドマスター)が言っていたことだが、娼館ギルドのカードは滅多に発行されない。それは先に説明した情報を守るためでもあるし、発行権限を持つギルドマスターが認めないことが多いからでもある。だからそれを持っているだけでかなり重要な人物の可能性が高いのだ。
重厚な扉を潜り、中に入ればなんとも豪勢な空間に。床の全面にはカーペットが敷き詰められ、柱や扉には精緻な彫刻が。天井や壁には蝋燭を惜しみなく使った照明が並んでいた。
(さすが……風俗は儲かるからな。それはどこの世界でも変わらんか)
「あら? どちら様でしょう?」
「あ、こんばんは。ちょっと買い物に来ました」
「お買い物ですか? それではご案内致しますわ」
(この女……娼婦じゃないな。というかドレスの下に何か隠してやがる。油断ならねぇ……)
煽情的なドレスを身に纏った美女に案内され、奥まった場所にある一室にタクは入る……直前にナイフを三度振るった。
「――これはどういう意味だ?」
「ふふ…いえ、申し訳ありません。貴方から危険な空気を感じましたの」
最初の二閃で2本の緑に光る針――どうやら口の中に仕込んでいたらしい。含み針というやつだ――を弾き、最後の一振りで美女のナイフを防いだタク。ギチギチと鬩ぎ合うナイフを挟んで殺気を滲ませながら相対する2人。無論タクは手加減しているが、これ以上この美女が突っかかって来るなら全力で潰すつもりだ。
「そこまでにしておきなさい、ライラ」
「…よろしいのですか?」
「貴女が殺されてしまうわ。だからやめておきなさい」
タクが入ろうとしていた部屋の奥から、これまた綺麗な女性が現れる。ライラと呼ばれた暗器使いの女性はその一言で退き、すぐにタクが居る位置からは見えなくなった。
(それでも監視はするのな。バレバレだけど)
「すみません。貴方のようなお若い方がここに来るのは珍しいので」
「…いえ」
「では、こちらへ……」
女性に促されて、やっと部屋の中に入れることに。
そこは一言で表すなら質素で殺風景な部屋だった。中にはイスが2脚とテーブルが1つだけ置かれていて、他は証明道具だけしかなく部屋というより箱のようだとタクは感じた。
「ここは防音性の高い密室です。お金でも権力でも内部の状況を知ることは出来ません」
「そうですか。それは凄いですね」
「はい。たとえ王であっても、無粋な真似は許されない特殊な部屋ですから」
「ギルドマスターは例外ですか?」
「――え?」
女性の話術は大したものだった。お金と権力と言われれば貴族を連想するし、たとえ王であってもと言われれば誰も覗けないのだなと思い込んでしまうだろう。しかしタクはそういう言葉遊びに付き合う気は無いのだ。
金でも、権力でもなく、ギルドマスターの仕事だと言えばそれまでのことでしかないのに、一体誰が騙されるというのか。そもそもタクの目の前に居るこの女性がギルマスだという保証もないのに。
「あ、違っ、ギルド長も……」
「やめておきましょう。この人を誤魔化すことは出来ませんよ」
「ら、ライラ様……」
「あぁ…やっぱり貴女がギルドマスターだったのですか」
ずっと扉の外で部屋を窺っていたライラが入ってきてそんなことを言う。それに対してタクは動じずに、むしろ予想していましたと言わんばかりの態度であるから、思わずライラも苦笑い。
「ご想像の通り、私が娼館ギルド本部マスター、ライラ・シュルステンと申しますの。以後、お見知りおきを」
「これはご丁寧に。俺は冒険者のクツキ・タチバナです。よろしくお願いします」
「クツキ? ……あぁ、ふふ……それではご案内致しますわ。丁度、タチバナ様のお知り合いの方もお越しになられていますの」
「俺の知り合い……? というかこの部屋はいいんですか?」
「ここは尋問部屋ですの。お客様には相応しくありませんわ」
「なんてとこに案内してくれてんだよ……」
「くすくす……それが貴方の素なのですね。変に畏まるよりもよほど魅力的ですわ」
上品に微笑みながら淀みなく歩いて行くライラ。その足運びはどこかタクに似ている部分があり、それはつまり隠密系の技能を習得しているということだ。タクが最初に娼婦ではないと判断した理由の1つがこれだ。
「あー……俺の客? ってのは誰のことだ?」
「焦ってはいけませんわ。男性は余裕を持ってこそ、とお母様も申していました」
「別に焦ってはないんだが。あとアンタの母親なんぞ知らん」
「先を急くのもよろしくありませんの」
「俺が情報を買いに来たことを知っていてなおそれを言うとかバカにしてんのか?」
「うふふ……バカな女の悪戯心、と流してくださいまし。……ここですわ」
互いに暖簾に腕押しのような状態が続き、全くもって話が進むことなく目的の部屋へ到着してしまった。無駄を嫌う性質の彼はポーカーフェイスを辛うじて維持しているが、もう少し移動する時間が長かったら額に青筋くらい浮き出ていたかもしれない。
「……開けないのか?」
「タチバナ様が開けた方が面白いことになりますわ」
「それは当事者が面白くないパターンだよな」
「早く開けてあげてくださいな。お客様も待ち焦がれておりますの」
「……ちっ」
一際豪華な扉を渋々とタクは開けた。そこには――
「はぁい♪ クツキ、久しぶりね」
「なんでここに居るんですか……」
「くすくす。やっぱり知り合いだったのね」
「ミリアーナさん……」
――いつかの日に別れたはずの娼館ギルド支部長が居た。




