48話 婚約者
お久しぶりです。随分とお待たせしてしまい、申し訳ありません。
村長の家を飛び出してから数分後。タクは魔力を視て、フィムは魔力を感知して、龍瑠と緋煉は臭いを追って、ゴブリンの巣と思われる洞穴を見つけていた。だがそこで地味な問題に躓いてもいた。
「……狭いな」
そう、狭いのだ。横幅は2mと少し、高さも2mあるかないか程度で、長物を振り回すには狭すぎる空間だった。これでは高い金を払って買った刀も使えないだろう。
「ゴブリンの巣穴ですからね」
「……ん。小さい」
「武器とか使えないなー」
「そうだな。……ふむ、この中には3人だけで入れ。どうせすぐ終わるだろ」
「さ、さすがにそれは」
「……マスター」
「アタシは問題ないぞ!」
「何か問題でもあるのか?」
「いくら奴隷でも、女性をゴブリンの巣に向かわせるのは非常識かと……」
「問題ないな。それじゃあ行ってこい。俺は生肉の調達でもしてるから」
「……ん! 行く!」
タクの何気ない言葉にフィムは敏感に反応して、意気揚々とゴブリンの巣穴に突入していった。……龍瑠の腕を掴んで。もちろん緋煉もついて行くが、こっちは強制された訳ではなく、ここらで汚名返上しておきたいがために張り切って入って行った。
「フィムさん、ちょっ、待っ――」
「………………最悪、緋煉が竜化すれば済むだろ」
ドナドナされていく龍瑠を呆れた様子で見ながら、タクは無茶な事を呟く。
たしかに緋煉が竜化した姿は10m近い威容を誇っており、こんな狭っ苦しい穴の中でその姿になれば“崩落”という事象を以てゴブリンの殲滅は出来るだろう。
しかしだ。3人とも崩落程度でどうにかなるほど弱くないが、今後のことを考えると森に余計なダメージを与えるのは避けた方がいい。だからタクもそれはあえて伝えなかったのだ。
さて、そのタクはというと……、
「――出てこいよ。そこに居るんだろ?」
振り向いて、誰も居ないはずの森に呼びかけていた。
「………………チッ」
呼びかけられた人物は誤魔化しきれないと悟ったのか、小さな舌打ちの後に気の影から姿を現した。
そいつの髪は真紅で瞳は暗い緋色。身長は190㎝ほどもあり、その質素な服から覗く手足は隆々としていて相当鍛えていることが窺えた。
「誰だアンタ?」
「…オレの名は紅蓮だ。お前を殺しに来た」
「随分と物騒だな、おい」
それをお前が言うのか。
「まぁ、殺しに来たのはいいとして、目的は?」
「緋煉だ」
「は?」
「オレは婚約者を取り返しに来た。それだけだっ!」
そう叫んでタクに殴りかかる殆ど正体が分かってしまった青年、紅蓮。
しかしその拳はいとも容易く掴まれ、さらには勢いを利用したタク独自の投げ技により背中を強かに打ってしまう……が、それで終わらずに近くの大木に投げられ叩き付けられた。しかも落ちる前に胸倉を掴まれて宙ぶらりんの状態で固定されてしまう。
蛇足ではあるが、タクがよく地面や障害物に敵を叩き付けるのは手加減するためだ。タクの拳より地面の方が柔らかいので(普通はあり得ない)、殴った時よりも死亡率が下がるという、何とも言えない理由がある。もちろんコンクリートやアスファルトでもタクは砕く。
「ご、がっ……」
「婚約者ってどういうことだ? 緋煉は長老だか族長だかに命令されて来たと言っていたが」
「ぐふっ……そう、だ。……だがっ、断れない命令だった!」
「あー、そういや龍瑠が言ってたな……まぁ、ここに緋煉は居ないし、少し待ってろ」
そう言ってポイッと紅蓮を捨てるタク。その扱いはどうなのだろうか。
「くっ……! なんでお前なんかが!」
「落ち着けって。別に緋煉は返してもいい」
「はぁ!?」
「だが条件がある。……どうする、聞くか?」
「………………聞かせてもらおう」
まさに渋々といった体で、取り敢えずは聞く姿勢を整える紅蓮。それを見て、タクは自分の考えを話し始めた。
「俺は緋煉がどうしても欲しい訳じゃない。少なくとも俺よりお前の方が気持ちは強いだろうな。だから返してもいい。しかしだ、突然押し付けられたものをやっぱり欲しいから返せと言われて素直に返すヤツは居ないだろ」
「だから条件か」
「そうだ。ま、そこまで難しいことを頼む気は無い」
「………………その条件ってのは、何だ?」
「『聖女』ってやつの情報が欲しい」
「――そんなんでいいのか?」
紅蓮は身構えていただけに、盛大な肩透かしを食らって間抜けな表情をしていた。
それもそのはずで、『聖女』という存在はこの世界では知らぬ者など居ないと言っても過言ではないほどに有名なのだ。その、どこからでも手に入りそうな情報と緋煉を交換。どう考えても釣り合わない。
紅蓮は「なんだコイツ馬鹿だったのか……」と気を緩めた。緩めてしまったから、次の言葉で動揺する。
「もちろん、お前ら人間以外の種族……亜人とでも言えばいいのか? そいつらに対して何をしていて、どんな関係があるかを聞きたい」
「――――――」
紅蓮は知らなかった。龍瑠が当初の予定よりも遥かにタクを慕っていることを。その龍瑠が、本来は話してはいけない類の話までもポロッと喋ってしまっていたことを。
「どうした。言えないなら緋煉は諦めろよ」
「それ、は……!」
「亜人達の中から選りすぐりの精鋭を送るんだろ? そうまでさせる『聖女』ってなんだ?」
「うっ……」
脂汗をダラダラと流す紅蓮を見て、タクはあからさまな溜息を吐く。それにビクッと反応し、恐る恐る俯いていた顔を上げる紅蓮。
「つまり、お前の緋煉に対する気持ちはその程度だということか?」
「それは違う!」
「なら言えよ」
「ぐ、くっ………………『聖女』様は……」
「……続けろ」
「『聖女』様は、四属教の巫女様で……」
「そんなことは知っている。俺は亜人達と何をしているのかが知りたいんだよ」
なんとかはぐらかそうとする紅蓮だが、そんなことはお見通しなタクなのでズバズバと追及していく。言い逃れるなど絶望的なまでに不可能なのであった。
「……『聖女』様は、『世界の大穴』に追いやられた何かをどうにかしようとしている……と聞いたことがある」
「追いやられた……? それは四属教の女神が云々って話のやつか?」
「多分そうだとしか……」
「使えねぇ男だな。だから俺なんかに婚約者を盗られるんだろうが。……ま、約束は約束だし、緋煉が納得すれば返してやるよ」
「ぁ、か、感謝するっ!」
先ほどまでは憎くて仕方なかった相手に、紅蓮は躊躇いも無く頭を下げた。そこら辺は評価できるんだけどなぁ……などとタクは思いつつも、
(緋煉め。なんでこんな面倒なことを持ってきやがる。せめて解決してから来いよ……)
若干イライラしながら、洞穴へと目を向けるのだった。




