47話 ゴブリンの原因
時は少々遡り、まだまだ辺りは真っ暗な頃。
もし時計があれば3時頃を示していたであろう、そんな時間帯にタクは目覚めていた。
(やっと寝たか……龍瑠の性格がイマイチ分からん……)
いや、目覚めたというより、寝たフリをやめたと言うべきだろう。今まで隣に寝ていた龍瑠が悶々として寝付けずにいたために、タクは行動することが出来なかったのだから。
念のためにフィムと緋煉の様子も見て、熟睡していること確認するとタクは〔空〕を使って徐々に浮き始めた。障壁の連続使用をすればその場で音も無く起き上がるのは簡単な事なのだ。
(まったく……龍瑠の所為で時間が無くなっちまったじゃねえか。俺が手を出さないことぐらい察しろよ)
脳内で愚痴りつつも、タクは空中を歩いて村の東側へと向かった。
この名も知らぬ村の周囲は特徴的だ。東には小規模な森が、西には少し高めの丘がある。そこに道を造る気は無いのか、街道は南北にのみ伸びているのだ。まあ街道と言っても雑草が生えていないだけのあぜ道ではあるが。
「さて、始めますか」
そう呟きながら『持ち物』内にある数種類の物を取り出した。
それはいつの日か、タクがこの世界に来て初めて笑った時にダレイスへと頼み、後に半ば無理やり買い取った金属だった。それ以外にもナイフやワイヤーなど、様々な物を取り出している。
「そろそろ完成だってのに……2人分追加とか面倒くせえ……」
ぶちぶち文句を続けてはいるが、裏を返せばあの2人の分も『フィムに作っている何か』作成するということであり、その意味に自分で気が付いて顔を顰めるタク。
「……俺はいつからこんなに甘くなった? あの2人は特に大切でも何でもないだろ?」
誰にともなく問いかける。しかし答える声はない。もとよりタクはそれを望んでもいない。
「今の俺にとって一番大切なのはフィムだ、それは間違いない。なのに何故、俺は龍瑠と緋煉まで守ろうとしているんだ? あいつらは正真正銘、ただの手下じゃないか………………って、はぁ?」
事ここに至って、タクは自らの精神が僅かに変質していることに気が付いた。
「ただの手下、だと? 奴隷じゃなくて?」
そこで何度も考え直してみるが――
「……嘘だろ……なんで俺はあいつらを仲間って形で認識してんだ……」
結果はタクを呆然とさせるだけだった。
どうあっても信用など不可能な筈なのに、何故かあの2人はタクの中で仲間枠に入っていたのだ。
「…まぁ、そこはどうでもいいか。あいつらが奴隷だろうが手下だろうが、立ち位置は変わらないしな。問題は、何故いきなり考え方が変わったのか……なんだが」
唐突に、タクは言葉を切って森の方を睨む。その方向から風に乗って微かにギィギィと不快な鳴き声が聞こえてくる。空が白んできたから分かるが、森の中で複数の影が蠢いていた。
「はぁ……結局これは手付かずか」
タクが言う“これ”とは、先ほどまで作成しようとしていた何かだ。最近の夜はフィムが寝付いてからずっとこれを制作していた。
それは一言で表すなら『不思議な魅力があるアクセサリー類』といったところか。ダレイスから買い取った金属――世界で4番目に硬いらしいが、微妙なのでそこまで貴重という訳でもない――に、幾何学的な紋様がびっしりと描かれているものだ。
それらはブレスレット・ネックレス・指輪の3種類で、最後の指輪はフィムの中指に填まるように調整してある。左手の薬指に填めてしまう事件は発生しない。そんなものタクが事前に潰して回るのだから。
余談だが、金属は〔空〕を使って加工している。作りたい形に障壁で無理やり圧縮するのだ。そんな作成法なので、見た目よりも遥かに重く硬い装身具になってしまったりするのだが、身に着けるのがフィムなので特に気にしていない。フィムは魔力での身体強化が上手く、全力で行使すればタクの魔力強化9割程度の力を発揮することが出来る。
人類は、そんなものを使う日が来ないことを真剣に祈るべきだろう。
「ギィー!」
「ギギ、ギァ!」
「うるせえなぁ……それに臭ぇ。こいつら腐ってんのか?」
とうとう森から姿を現した鳴き声の正体はゴブリンだった。そいつらが異臭を放ちながら村へと真っ直ぐに向かってくる。
「とりあえず黙らせるか。今何時だと思ってやがる」
そんな呟きとともにタクの身体から放たれる濃密な殺気。
その大瀑布のような“死”の気配にゴブリン達の動きが止まる。あれだけ騒いでいたのに今は足音1つしない。辺りを不穏な静寂が包む。
「言葉が分かるかどうか知らんが、一応警告しておく。そのまま森に帰るなら何もしない……が、こっちに来るなら容赦しねえぞ? 村を襲うなら俺達が居ない時にしろ」
タクにとって村の人間は見知らぬ他人であり、それらがどうなろうと何も感じない。
地球の裏側で小さな子が亡くなりました、と言われても大抵の人が口だけで、心では何とも思っていないのと同じだ。
だから今回タクが立ち塞がっている理由は、フィム達の安眠を妨害させないためでしかない。故に見逃してもいいぞと言ったのだが……
「ギアーーー!!」
他のよりも一回り大きなゴブリンが「行けー!」みたいな感じで叫んだと同時に、数百匹の大行進が始まった。
「はぁ……面倒な」
溜息を吐きつつ、タクは手足に細く鋭くさせた障壁を纏った。
とんでもない硬度の空間障壁を“面”ではなく“線”で行使した場合、それはどのような結果を齎すのか。答えは簡単だ。
音も無く首を飛ばし。微細な穴を頭部に開けて命を刈り取り。蹴って胴体を千切り。軽く触れてその部分を粉微塵に破壊して。貫手が首を通り過ぎる。
タクが接敵してから約1分でゴブリンは100匹ほどが狩られた……が、それでも死体の倍くらいのゴブリンが立っているのを見て、タクはちょっとウンザリした表情になった。
それとほぼ同時に村の南北の門から武装した衛兵やら農民やらが出てきて、東側の、つまりタクが戦っている場に向かって来た。
「やっとか。それなら俺は……」
それを感じたタクは目の前の雑兵を無視し、先ほど号令を出していたリーダー格であろうゴブリンを探し始めた。
すぐに発見し、そいつに向かって一直線に駆けて行く。
今は魔力や気で強化していないのに、その速度は秒速10mを超えている。それもタクの特異な身体に理由があるのだが今は置いておいて。
「ギィィ!!」
「うるせえ、死んでろ」
そんな短い言葉の後、タクの足刀は一切の抵抗を許さずにリーダー格の頭を横に両断した。これによってゴブリンの集団は呆気なく瓦解。あとは村人に任せても大丈夫だろうと判断し、タクは死体を1ヵ所に集める作業を黙々とこなすのであった。
タクがリーダーを潰してからおよそ30分。やっとのことでゴブリン騒動は治められ、一時騒然としていた村は落ち着きを取り戻していた。
少し前に警戒を促す鐘が鳴り響いていたから、さすがにフィム達も起きてしまっただろうとタクが考えていたところに、
「「「………………」」」
絶句した3人の女性が現れた。その美しさに村人の大多数が見惚れる中、
「なんですかその大量の死体は!?」
と、蒼い女性の悲鳴が村中に響き渡った。
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所変わって、名も知らぬ村の村長の家。そのリビングにタク達4人は居た。
ここに来るまでにアクセサリー作成以外のことのあらましは大体説明し終えている。
では何故ここに来たのか。それは村長直々にタク達に依頼をお願いしたいと言って来たからだ。普通は無視して終わりなのだが、村長は気になることを言っていた。
『赤の勇者様であらせられる“レン・ムトー”様の力が強力過ぎてこうなってしまったのです』……と。
実に人の気を引くのが上手い村長である。
「んじゃあ説明してくれ。勇者が何をしてこうなったのか」
「はい……事の始まりは、東にある小さな森にシルバー級の魔物が住みついたことでした。しかしその魔物は森から出てくることも無く、さらにはその強大さで森を統治してしまったらしく、一時期は村も平和そのものでした」
「なるほど、それを勇者が掻き乱していった……という訳か」
「ご明察にございます。勇者様はその魔物を倒し、これで村は平和になったなと笑いながら帰って行ったのです。そしてそれから1ヶ月ほどで……」
「ゴブリンの天敵が居なくなって、爆発的に増殖してしまったのか……」
なんとも傍迷惑な勇者も居たものだ。そういう頭の悪い奴がタクは嫌いだ。物事が分からないなら誰かに聞けばいい。それでも理解できないなら動くなと言いたいのはタクだけではない筈。
つまり、日本生まれっぽいその勇者は森のヒエラルキーというものを理解せずに、ただ強い魔物は人類の脅威だと判断して何も考えずに倒して自己満足に浸っていたのだろう。
「レン・ムトーね……出来れば出会いたくないな」
「……なんで?」
「殴りたくなるから」
「……ダメ。その人が死んじゃう」
フィムはタクのことをあらゆる面で信頼しているようだ。
「あのー……」
「ん? まだ何かあるのか?」
「可能であれば、ゴブリンの駆除を……」
村長はひたすら下手に出てタクに請い続けている。何故なら村長自身がタクの凄まじい戦闘力を目の当たりにしたからだ。素手で魔物を切り裂く風景は、人に畏怖を植え付けるのに十分な効果があった。
「報酬は?」
「……そこまで多くは払えません」
「金なんて要らん」
「そ、それでは何を……」
「……そう聞かれると困るな」
何しろタクは大金持ちであるし、武器も必要ない。女を渡されても足手まといになるだけだからもちろん却下だし、そもそもタクの周囲には絶世の美女が3人も居る。
「お前ら、何か欲しいものとかあるか?」
「タク様の愛が欲しいです」
「諦めろ」
「しょんな……」
項垂れる龍瑠。
「緋煉は?」
「アタシは別にー。あ、里帰りの権利が欲しい」
「そういうことを聞いてんじゃねぇの。村長が用意出来るものを言えよ」
「ぶぅ……」
しょげる緋煉。
「フィムは?」
「……生肉」
「お前はまだそれを引き摺っていたのか……」
緋煉に襲われた時、タクは身代りに生肉を予定よりちょっと余分に消費してしまったのだ。まだまだ『持ち物』の習熟度が足りないのもあるし、そもそもワンブロックがデカ過ぎてタクの体重に合わせられなかったのもある。
「じゃあ村長、俺達の要求は生肉だ」
「え、いや、何の肉を……?」
狼狽える村長に、タクは無表情で、
「心配するな。自分達で狩るから、それを黙認してくれるだけでいい。フィムも、それでいいな?」
「……ん」
「そ、それならまぁ……」
「よし。そんじゃあ行くか。多分、初ダンジョンアタックになるぞ」
「「「「……え?」」」」
なにかとても大事なことを言っていた気がするが、それを言った本人はさっさと村長の家を出て行ってしまった。
フィム達は慌てて追いかけ、村長は呆然とすることしか出来なかった。




