46話 村での1日
すみません、遅れてしまいました。
「な、なんで“契約陣”が使えるんですか……」
そんな龍瑠の震え声に対して、
「魔力が見えれば誰でも使えるからな?」
ちょっと呆れた風にタクは返した。
そもそもこの“契約陣”に特殊な手順などは必要ないのだ。それはタクがフィムを買った時にあっさりと終わったことからも分かるだろう。つまりこの魔法陣を正確に描ければいい。
違いと言えば主従の血を混ぜなかっただけだ。それだって互いの魔力を繋ぎやすくするためであり――血中にも魔力は含まれており、それを“契約陣”の上で混ぜることに意味がある――その手助けが必要ないのであれば態々血を流す必要はない。
「多分お前もコツさえ掴めれば――」
「タク様は魔力が視えるんですか!?」
「お、おう。どうしたいきなり、そんな喰い気味に」
タクが(自分にとっては)当たり前のことを言うと、龍瑠は頬を紅潮させ、瞳をキラッキラと輝かせながらタクに詰め寄った。ちょっと……いや、かなりタクは引いているのだがそれにも気が付いていないらしい。
龍瑠はウットリと顔を上気させたまま言葉を続ける。
「嗚呼、嗚呼……さすが勇者様です。そんな『力』までお持ちだったなんて……」
これはヤバいなと、タクはそう直感した。
『力』というキーワードと恋する乙女のような表情から全てを悟ってしまい、何も考えずに魔力が見えることを話してしまった数秒前の自分を叩き伏せたい気分にもなった。
前にも言ったが、魔力や『気』が見える人間は希少だ。その才能だけで国の魔法研究室に呼ばれることもあるほどに。つまり一般的には“優れた能『力』”だと思われている。
常に視界が青く染まるので鬱陶しいことこの上ない才能だとタクは思っていたりするが、それは置いておいて。
ミリアーナが以前説明してくれたが、この世界には『力』ある者が魅力的だ……という価値観がある。それに当て嵌めるとタクは非常に魅力的な存在だ。なにせ竜相手に圧勝するような奴であるし、実力だけなら確実にプラチナ級以上なのだから。
そういう情報を龍瑠は持っているが、魔力が見えるというのは予想外だった。数千万人に1人の逸材なんて予測できなくて当然だが。
「凄い、凄いです! 妾、タク様に一生ついて行きます!」
「話がぶっ飛びすぎだろ……」
タクはとうとう額に手をやり項垂れた。どう見ても今回の出来事はタクの不注意が原因だ。しかしたった一言でここまで露骨に態度が変わる世界というのもどうなのだろうかと、徐々に思考が現実逃避を始めてしまうほどウンザリしていた。
(もう少し科学が進めば価値観も変わるんだろうけど……まだ危険が多過ぎて思考回路がライオンみたいなんだよなぁ……)
別にタクはハーレムだろうが逆ハーレムだろうが否定する気は無い。その立場になりたいかと問われれば即座に否と返すが、それでもそれそのものを否定はしない。種の保存という観点から見れば、強者が弱者を守るのは理に適っているからだ。それがたとえ権力や財力だったとしても。
「だって魔力が視えるんですよね? そんな人が主人だなんて――」
「まず落ち着こうか。絶対に後で『すみません、取り乱しました……』とか言って羞恥に悶えることになるぞ」
そう言われて、龍瑠はハッとしてやっと正気(?)に戻った。
「えっと……」
「ちょっと気になったんだが、魔力が見えるというのはそんなに価値のあることなのか?」
「は?」
強引に空気を断ち切り、微妙に話題転換を行うタクの疑問に対し、龍瑠はまさに開いた口が塞がらない状態になっていた。
「いや、この世界に来て1日で追放された身だからな。常識すらも未だに分からないことが多いんだよ」
「あ、あぁ…そうですよね。コホン……タク様の魔力を視る瞳は、それはそれは貴重なものです。各国が優先的に雇うと宣言するほどですからね」
「宮仕えとか無理だわー……隠し続けるしかないのか?」
「えと、タク様の場合だとそうなりますかね。ある噂では、目を抉っても魔力は見え続けるらしいですし……」
それを聞いてタクは右目に魔法陣を書き込んだ時のことを思い出してみた。
(………………うん、たしかに見えていた気がする)
その時は左目が残っていたから断言は出来なかったが、改めて思い返してみると真っ暗な右側の視界に魔力だけが映っていた気がするのだ。
(つまり視覚で魔力を捉えている訳ではないと。んー……共感覚に似ている、か? 感覚的にしか感じられない魔力を色、または光として認識する……まぁこの考察はどうでもいいか)
タクはそこまで考えて、鬱陶しいが今のところは利益の方が大きいから別にいいか、と結局は得になるのなら細かいことは気にしない精神で思考を断ち切った。
「話は変わるが、これからどうするよ?」
「どう、と言うと?」
「俺は『世界の大穴』を攻略するにしても、しっかりとした拠点があった方が良いと思うんだ。だから一度この国の王都に行きたい」
「それくらいなら問題ないと思いますよ? 攻略に支障はありませんし」
「じゃあ王都に行くのに異論はないんだな?」
「はい」
「よし。んじゃ明日は朝から移動だな」
「そうですね。今日は雨で冷えましたし、ゆっくり休みましょう」
会話が終わると、2人は当然のように同じベッドへと向かった。
しかしそれは仕方のないことなのだ。もう片方のベッドにはグッタリした緋煉と、その原因のフィムが寝ていて入るスペースが無いのだから。
龍瑠はちょっとだけ期待しながら横になったのだった。
~~~~~~~~~~
翌朝、3人の美女は村中に鳴り響く、けたたましい鐘の音の所為で同時に跳ね起きた。
外を見ても特に異常はない。あれだけ降り続いていた雨が止んだくらいしか変化はなかった。
「なんだなんだ?」
「警報のようなものでしょうか?」
「……マスターは?」
「「え?」」
フィムに言われて気付いた。龍瑠の隣に居るべき3人の主人は部屋の中に居なかった。龍瑠はこんな状況なのにちょっとガッカリしていたが、もしこれが推測通りに警報だとしたらそんな呑気なことは言ってられない。
「主なら大丈夫でしょ」
「何を言ってるの! たとえそうだとしても、主人を第一に考えるのが従者でしょう!」
一応は反論しているが、その言い方では龍瑠も心配していないのがバレバレだ。結局のところ、この場にタクの安否を気にしている人間(?)は居なかった。
表面上は龍瑠が一番模範的で正しい。しかし主人があのタクなので、ここでは最も間違えていることに気が付いていない。
「……龍瑠」
「あ、はい、なんでしょう?」
「……マスターは、そういうの嫌がる……と思う」
「うっ……」
フィムだけは理解していた。タクが“余計なお世話”を嫌うことを。
それは何とも酷い言い分だが、今まで1人で生きてきた少年は、命を懸けて戦っている時に自分以外を気にする余裕など無いことを良く理解しているが故に、未然に事故を防ぐために嫌悪の演技をしているのだった。
実際は内心でどう思っているのか不明だが。もしかしたら本当に嫌がっているのかもしれない。
「ねー、とりあえず動かない?」
「…そうですね」
「……ん。賛成」
それでも、いい加減に鐘の音が煩くなってきたので、何はともあれ行動することにした3人。まずは緋煉がドアから出ようとした、その時、
「「「……っ!?」」」
ゾワッと、何か得体の知れないものを感じて、全身が粟立った。
それは紛れもない恐怖。3人は顔を見合わせる。それぞれが脂汗をかき恐怖に歪んでいたが、その瞳にはある種の諦めと多量の畏怖や敬愛が映っていて、3人は自分達の意見が一致していることに苦笑いした。
つまりは、
『あ、またマスター/タク様/主が何かやらかしたな』
だった。どうやらタクはとても信頼されているようだ。
「動く必要、ないですかね?」
「一応は行った方がいいんじゃない?」
「……上から見てくる」
そう言うとフィムは、最近タクから教えてもらった〔光〕の応用魔法《光学迷彩》を使って不可視状態になり、窓から上空へと飛んで行った。
この《光学迷彩》は光を捻じ曲げて、フィムに光が当たらないようにする魔法だ。もちろん捻じ曲げた先は逆側、つまりフィムの向こう側しか見えなくなる。
最初は身体のみを透過しようとしていたが、フィムの髪は長いのでその分の制御が難しく、結局は周囲2mを球体上に囲んで完成となった。
余談だが、これではフィムの視界が確保できないので目の部分に小さな穴がいくつも開いている。だから《光学迷彩》は言い換えると“透明になれる着ぐるみ”なのだ。
「タク様もタク様ですけど、フィムさんもフィムさんですよね」
「どっちもとんでもないよなー」
残った2人は苦笑気味だった。それもそうだろう。フィムですら街の10や20くらいは余裕で落とせる戦力なのに、そのフィムをもって絶対に勝てないと言わせるタクだ。竜や龍としてのプライドなど遥か昔に粉砕されたし、自分達はまだまだなのだと痛感したりもした。
比べる対象を間違えているとか言ってはいけない。
「……2人とも」
「あ、どうでしたか?」
「……村の外で、暴れてた」
それを聞いてリュウの2人は窓から飛び降り、未だに鳴り響くうるさい鐘の音を無視して、外から聞こえる怒号や悲鳴の方向へと走り出す。
タクとフィムがあれなので目立たないが、この2人も人外の力の持ち主だ。その駆ける速さは身体強化したフィムにも劣らない。
「うっ!?」
「な、なんだこれ?」
やがて村の外壁が見えてきた、というところで2人が呻く。思わず足を止めてしまったほどだ。心配になったのかフィムも上から降りてきた。
「フィ、フィムさん、これ、何の臭いですか……?」
「臭過ぎるぞコレ! 鼻が落ちる!」
「……ゴブリンが、大量に来てるから」
そういうフィムも顔を歪めていた。
これで分かっただろうが、呻いて足を止めた原因はとてつもない悪臭だった。人間以上に五感が優れている龍瑠と緋煉は、もう顔が真っ青になっており、今にも吐き出しそうだ。
それでも健気に主人の元に向かう3人。タクはこの臭いの中で戦い続けている筈で、それを無視して宿に籠っているなど彼の奴隷としてあり得ない選択だった。
「「「………………」」」
そうして、やっとの思いで村外周部に辿り着いたが、そこから見える光景は3人を絶句させるのに十分なインパクトがあった。
「ん? …あぁ、お前らか。見ての通り終わったぞ」
そこには予想通りタクが居た。が――
「なんですかその大量の死体は!?」
――龍瑠が取り乱すほどに、ゴブリンの死体で囲まれていたのだった。




