42話 襲撃
現在、タクとフィムの両名は雨が降り始めた地上を嫌って、雲よりもさらに上空を歩いていた。
「――つまり等級魔法ってのは“誰でも平等に”使えるようにした劣化術だということだ」
「……私のは?」
「俺達が使っているのは『想起魔法』だな。使用者の才能次第で威力が変わるものだ」
「……どっちが強い?」
「一概には言えないが、俺達が使えば大体の等級魔法には勝てる筈」
「……《レイグニス》は何級?」
「うーん……多分、三級相当じゃないか? シトラスの《ヴェプロシオン》は二級の魔法みたいだったから、あれの1つ下あたりが妥当だと思うぞ」
そんな会話をしながら手を繋いで仲良く歩いていく。別にイチャイチャしたいから繋いでいる訳ではなく、身体的接触がないとフィムの足元に〔空〕での足場を創れないから仕方なくだ。
実はタクの“射程範囲30㎝”という制限は、触れ合っている人の体表からも適用されることが分かった。
つまり、手を繋いでいればフィムの体表からも30㎝の制限付きで〔空〕や〔速〕が使えるのだ。しかもフィムの射程範囲にはなんら影響しないという安心設計。
「……そういえばマスター」
「ん?」
「……この間はなんで回復魔法禁止したの?」
「あー……」
タクが激痛に苦しみ、翼に包まれて繭と化したあの時の話だ。
〔癒〕ならばその痛みを鎮めるのも簡単だったのではないか? ふとしたことでそんな風に考えてしまう。しかも今のフィムは細胞の仕組みだって理解できる。だから以前よりも効率的に癒すことが可能な筈なのだ。
「あれは俺とお前の魔力が混ざったからだって言ったよな?」
「……ん」
「そこに追加でお前の魔力が注がれたらどうなるか分からん」
「……あ」
言われてみればその通りで、たとえ痛みが和らいだとしてもそれは問題の先延ばしにしかならなそうだ。混ざり馴染んだ先から新たな魔力が追加されるのは地獄としか言いようがない。
「……それなら、自分で治せばよかった」
「あの状態じゃ集中できねぇよ」
ただでさえ細胞という極小単位のものを扱う回復魔法は――それはもちろんタクとフィムだけで、この世界の治癒術師は細胞というものを知らないのだが――他の魔法より精神を削られる。激痛でのた打ち回りながら使える代物ではないのだ。
「そこも欠点と言えば欠点なんだけどな」
「……他の魔法も同じ」
「まぁそうだよな。そこで魔法陣が活躍するんだが、この世界の人間は全然活用できてないし……」
魔法陣には大きく分けて3つの効果がある。
・四大属性魔法以外の制御・増幅
・四大属性魔法以外の記録・放出
・形状に記録されている魔法の発動
1つ目はなんとなくお分かりになるであろうから省略。
2つ目はタクの『持ち物』がその最たる例だ。この魔法陣に魔力を流せば瞬時に別空間に繋がり、そこに物を入れたり取り出せたりする。
3つ目は魔法陣の形によって効果を発揮する場合だ。これには奴隷用の“契約陣”が該当する。
タク曰く『この形でこれが発動するという共通認識が世界に記録されているから』らしいのだが良く分からない。フィムも殆ど理解していないのだが、これを描けばこれが出来る、ということだけは頭ではなく心で理解した。
この世界の人間が活用しているのはこれだけだ。だからこの世界の人間は集中が乱れると攻撃魔法が使えなくなる。それは、あくまで四大属性しか持っていない勇者達にも当て嵌まることだ。
まぁそれはぶっちゃけどうでもいい。
「王都まで、あと800㎞ってとこか? ……こうして考えるとクィトスの王都って森に近過ぎだよな。なにせ馬車で1週間の距離しかなかった訳だし」
「……くぃとす?」
「隣の国だよ。俺がここにいる理由でもある。いつかは戻って色々と動く予定だ」
「……ん。全部、燃やす」
「燃やすなよ」
タクの声音から何を感じたのか、いきなり過激な発言をするフィム。段々とタクに似てきているのは気のせいではないだろう。
「どうする? 飛ぶか?」
「……?」
「いや、このままだと王都まで何ヵ月も掛かるぞ? 俺も気になることがあるから遅過ぎるのもちょっとな」
「……マスター。私は奴隷」
「そうだな」
「……気遣う必要、ない」
そろそろ奴隷という設定も要らないのではないかと思い始めているタクだが、本人が言っていることにあれこれ口出しする性質ではないから、無表情で受け流す。
フィムもフィムで、タクの奴隷だということに拘りというか、ある種の誇りを持っているので、これだけは主人でも譲れないのだ。主人に逆らっている時点で矛盾しているが気にしてはいけない。
「んじゃ行くか」
「……ん」
2人揃って純白の翼を背中の魔法陣から出現させる。この魔法陣だけはタクが使ってもフィムと同じ金色で、フィムはまたお揃いだと大層喜んでいた。
「4割くらいでな」
「……わかった」
フィムは頷き、同時に羽ばたく――
「っ! ちょっと離れてろ!」
「……?」
『グルォォォォオアア!!!!』
「……っ!」
――直前に緋色の竜に襲われた。
「チィッ! 上なんて警戒してなかったぞ!?」
「……マスター!」
「お前は離れて魔法で援護!」
「……ん!」
直後、竜がタクの頭上10mにまで迫り、前転宙返りをしてとんでもない速度になった尾を叩きつけた。
もちろんタクは空間障壁で対抗する。竜に対して斜めに張り、受け流す形でだ。
だが――
「なんだと!?」
「……マスター!?」
――竜の尾は何事もなかったかのように直進。それは障壁を壊したのではなく、分解して消滅させられたようであった。予想外にもほどがある事態にさすがのタクも一瞬だけ硬直してしまう。それが、決定的な隙になる。
尾の直撃を受けたタクは声もなく落ち、眼下に広がる雲へと大穴を開けて、そのままの勢いで遥か下方の大地に叩きつけられた。
「……くっ」
『グォォォォォオオオオ!!!!!』
勝利の咆哮が辺りに轟いた――




