41話 影と成果
『火の国』アスカトリア王国南部は雲に覆われていて、今にも泣きだしそうな空模様だった。その雲よりもさらに上、一面の白絨毯を眺めながら2つの巨大な影……龍と竜が空の旅を楽しんで――
「龍瑠、お前はあの話どう思った?」
「そうですねぇ……ホントのことだったら嬉しいな、としか……」
――楽しんではいないようだった。
実はこの2人(?)は族長に嘘のような話を聞かされた上に、今すぐ行動しろと言われて渋々移動している最中なのだ。
「まぁ人間如きが妾達“龍族”や緋煉のような“竜族”より強いなどあり得ませんからねー」
「そうだな……だが、もし本当のことだとしたら――」
「「――我が主に」」
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「……はぁっ、はぁっ…!」
「まだまだだな、フィム」
「……うっ…く。マスター、強すぎ」
タクが苦しみ、のた打ち回ってから数日が経過した。
伸びた髪は布で雑に纏めて後ろに流している。変色した右目のことは特に気にしていないようだ。
そのタクの前には全身にびっしょりと汗をかいたフィムが倒れている。その恵まれたスタイルと相まって妙な色気を撒き散らしているが、この場にそれで困る人間はいない。
「……さっきの、なに?」
「技のことか? さっきのに名前はないぞ。俺が編み出した技だしな」
タクは基本、技に名前を付けない。ましてや戦闘中に技名を叫んだりはしない。そんな風に相手へ情報を渡す行為をタクは未だに理解できないのだ。
今まで誰かに技術を伝授するつもりがなかったから自分の頭の中で区別できていればよかったので、特に名前を付けようとも思っていなかったのもある。
「……不便」
「そう言われてもな。名前=こういうもの…って覚えられると面倒なんだよ。対策されても問題はないけど、その所為で新しい手札を切るのも変だろ?」
「……そうだけど…」
因みにさっきからフィムが言っているのは、威力が無いくせに振動だけで相手の関節を外すという悪辣にもほどがある技だ。振動で内部を破壊するものとはまた違った系統であり、固体と固体の隙間を広げることしか出来ないのだがそれでもエグい。
フィムも全身の関節を外されたりズラされたりと散々な目にあった。
実は急成長の所為で歪んでいた骨格を強制的にタクが治しただけなのだが、そんなことにフィムが気付く訳もない。
「ま、お前に教えるためにもいくつかは名前を付けておこう。他は見て覚えろ」
「……全部普通に殴ってる」
「んな訳ねぇだろ」
素人目に見れば確かにそうなのだが、普通に殴っただけで外れるほど関節は脆くない。それに強引に外すと後遺症が残ったり、最悪骨折する。
「それもこれも王都に着いてからだけどな」
「……ん。そろそろ家が欲しい」
「……お前って奴隷だよな?」
「……ん」
「いや、うん、なんでもない」
奴隷が強請ってくるなど今に始まったことではない。食事・衣服・装備の金額を合わせれば安い家が買えるほどだ。特に食事代がハンパない。自分で狩ってこなければ肉の所為で財布が軽くなっていただろう。タクは財布を持っていないが。
「……水」
「ほれ」
手の平から当たり前のように水の入った皮袋を取り出すタク。
「……その…『持ち物』? とても便利」
「だろ? まぁ良くある“時間が経過しない”ってのは無理だったけどな」
これこそがダレイスの書庫に籠っていた成果・その1だ。
タクはあそこで魔法についてとことんまで調べた。それは幼児向けの絵本から学者向けの専門書まで全てを読み尽くしたほどだった。
その過程でタクの興味を引いたものは2つ。
・この世界の人間は決まった形の魔法を行使していること
・魔法陣の効果
それだけだった。
因みに、それだけでも時間的にオカシイ量を読んだのだが、それ以外にもこの世界の常識やマナーなんかも覚えていたりする。調べたばかりの魔法陣と〔空〕を最大限に活用してだ。本を読むためだけにここまでする奴も珍しいだろう。
「……でもマスター」
「うん?」
「……目に魔法陣を書き込むのはやり過ぎ」
「仕方ないだろ。皮膚以外の体組織にも書き込めるか実験しなくちゃいけなかったんだから」
そう言うタクの両手の平と甲、さらには両手首の外と内側の計8ヵ所には黒い魔法陣が輝いている。色が色だから黒魔術にしか見えない。間違っていないのも痛い。
しかしフィムが言いたいのはそこではなく、タクの変色した方の瞳に光る魔法陣だった。
タクが魔力を籠めると可視化するそれはやはり黒で、碧の瞳と意外に合っている。
「……どうやったの?」
「抉って、書き込んで、〔癒〕で治した」
またとんでもないことを。いくら必要だったからと言っても、自ら目を抉るなんて常軌を逸している。たとえ治す方法があったとしてもだ。
「もうこれについては許してくれよ」
「……もうやらない?」
「多分」
「……じゃあダメ」
「約束して破る方がダメだろ?」
「……約束して守り続ければいい」
「む」
この場合は誰がどう見てもフィムが正しい……のだが、それを言っているのが奴隷なのが何とも言えない。2人の立場を知っている人間がこの光景を見たら目を白黒させるだろう。奴隷が主に意見を言うことはそれくらいオカシイことなのだ。
「……マスター」
「………………分かったよ。もう二度と自分の身体を傷付けないと誓うから。だからその反則気味な視線をやめてくださいお願いします」
なんだかんだ言って身内には甘いタクだった。




