43話 2人のリュウ
『グォォォォォオオオオ!!!!!』
真紅の竜の咆哮が辺りに響く中、呆れと苛立ちを含んだその声は何故か明確にフィムの耳にも届いた。
「うるせぇよ爬虫類が」
その直後に竜の翼が音もなく斬り飛ばされ、さらには、
「墜ちろ、『震鎚』」
その声とともに竜が“U”の字に曲がり、一瞬の停滞の後に凄まじい速度で落下していった。
この一連の犯人は言うまでも無くタクだ。実はフィムも気付いていたが、最初に地面に叩き付けられたのはローブに包まれたG・オーガの肉塊だった。『持ち物』から瞬時に取り出したものだ。
じゃあタクはその時どうしたのかと言うと、竜の尾に掴まって難なく背後に移動していたという、ただそれだけのことだった。
余談だが、技名を呟いたのはフィムに頼まれたからだ。結局はタクが折れたのだった。無感情ながらフィムに甘々なのは否定出来ない事実だろう。
「……マスター、怪我は?」
「してない。まあ最初の攻撃……というか障壁が機能しなかったのには驚いたけどな」
「……あれは、どうして?」
「さあ? 見た感じだと魔力を分解した感じだったと思うんだが……」
それもこれもあの竜に聞かないと分からないことだ。いきなり襲ってきたり咆えたりしたところを見ると、どう考えても理性的ではなかった。そもそも知能があるかどうかすら怪しい。
が、タクのその独り言のような疑問に答える声があった。
『ご名答でございます。さすがは今代最強の勇者様です』
「…さっきからずっと気になってたんだが、お前はあれの仲間じゃないのか?」
フィムはその声にビクッとしていたがタクは気付いていたのか動揺の欠片も見られない。その姿を見てかフィムは落ち着きを取り戻し、声はクスクスと楽しそうに笑った。
「そこに居るんだろ? 別に何もしないから出てこいよ」
『ふふ、そうですね』
タクの視線は眼下にある雲海に注がれていた。それに倣ってフィムも下を見つめていると、徐々に声の主が姿を現し始める。
それは先の竜とは正反対と言ってもいい、全長20mほどの蒼色の龍だった。違うのは牙や爪、口内と瞳の色だけだ。それ以外は見事なまでに煌びやかな『蒼』であった。
「……綺麗」
「たしかにな」
その姿にフィムは感嘆し、感情の薄いタクでさえもその言葉に同意する程度には美しかった。
『ありがとうございます。妾は龍瑠と申します。貴方に――クツキ・タチバナ様に聞いて頂きたいことがあるのです』
~~~~~~~~~~
「あー……つまりなんだ、今回の『世界の大穴』は割とヤバいから俺に攻略してしまってほしいと?」
「要約するとそうなりますね。そのために各種族が一族の中でも選りすぐりの者を出すことも決定したらしいです」
現在は地上に降りて、当然の如く人型に変化した龍瑠から話を聞いていた。
その龍瑠の姿はやはり美しかった。肌は抜けるように白く、髪はもちろん蒼で、瞳は濃い藍色。尾や角以外は特に人間と変わりない。見た目は20歳前後と言ったところか。
何故か人化した時に水色の巫女服のようなものを身に着けていたが気にしてはいけない。これはそういうものなのだ。
「んー………………攻略したとして、俺のメリットは?」
「強いて言えば妾達、でしょうか」
「いらねー」
「えぇっ!?」
その即答に落ち着いた雰囲気の龍瑠もちょっと焦ったような声を出した。もしかしたら自らの容姿にそれなりの自信を持っていたのかもしれない。
「女なんて1人で十分だ。フィムだけでいい」
「……っ(ボフッ)」
「……フィム、照れるのは分かるけどさ、なんで〔焔〕の属性が漏れ出したんだ? 熱いんだが」
「……ぁ、ご、ごめんなさい」
「いや、謝るなら俺じゃなくて龍瑠にしとけ」
なんで? という顔でフィムは龍瑠を見た。そこには目を両手で押さえてのた打ち回る美女が。
「……?」
「はぁ……俺は常に障壁を1枚は張っているし、お前は自分に熱が来ないように無意識で操作しているから影響はないけどな、直に〔焔〕を食らったら余波だけでも干上がるぞ」
不思議そうな表情のフィムに呆れ混じりで解説してやるタク。摂氏何万℃かも分からない超高熱であるから、ある程度離れていた龍瑠もそのハンパない熱を受けて目がやられてしまったという訳だ。
「まったく……再生《リバーチェ》」
タクが近付いて〔癒〕魔法を使う。それは大進行時にフィムが使ったものよりも効率のいいもので、細胞を作り直す魔法であった。
ちょっと勘の鋭い人なら分かるだろうが、この魔法を恒久的に使えれば疑似的な不老の再現も可能である。まあ例に漏れず消費魔力がオカシイのでそれは不可能と言っても過言ではないのだが。
「うぅ……一体何が……」
「ほら、謝っとけ」
「……ごめんなさい」
「え? え?」
「じゃあ話を進め――」
「龍瑠! なんでアタシを助けに来ないんだよ!?」
「――たかったけどなんか来たぞ?」
「あぁ、あれは緋煉です。先ほどタチバナ様が羽虫の如く叩き落とした竜が人化した姿ですね」
「は、羽虫とか言うな!」
和やかに進んでいた対話を邪魔するかのように騒がしい女性が乱入してきた。
肌は白いがフィムや龍瑠よりもタクに近く、髪は真紅で瞳は暗い緋色だ。こちらも何故かピンクの改造和服(膝上10㎝)を身に着けていた。ただし先ほどタクが斬り飛ばしたからか翼はない。尾は普通に生えていたが。見た目は龍瑠と同じく20歳前後だ。
「お前、さっきの竜なのか?」
「あ、う……わ、悪かったな。さっきはその、実力を見たかったというか何というか……」
「別に被害はなかったし、お前も俺を殺す気は無かったみたいだし、そこまで気にしてない」
「……でも、お肉がダメになった」
「あぁ、そういやそうだったな」
ぶっちゃけタクの『持ち物』内には1トン近い量の肉が入っているのでそこまで気にしていなかった。
しかしフィムは知っている。その大部分は干し肉や燻製肉、さらには塩漬け肉などであり、生肉は少ないことを。今回潰れた肉はまさにそれで、フィムはそこに不満があったのだ。なんだかんだ言ってもやはり新鮮なものは美味しい。
随分と贅沢な奴隷だとかは言っちゃいけない。
「あ、ええっと、アタシは狩りなら得意だから言ってくれれば……」
「……じゃあ、ギガンテック・オーガ」
それを聞いた緋煉の顔が引き攣り、頬や額を冷や汗が流れ始める。
(竜も恐れているのか? ……たしかに強かったしな、あいつ。ちょっとしたブレスとか斬り払いそうだ)
タクはそんな益体も無いことを考えていたが緋煉はそれどころではなかった。
G・オーガはランク的にはプラチナ級だが、個体数が非常に少ない上に人里から離れたところに住んでいるためにそのランクに収まっているだけで、実力だけを考えたらそれ以上の存在なのだ。
それは竜や龍ですら出来れば戦いたくない存在。
そんなのを狩ってこいと言われた緋煉は、この後フィムに泣きながら土下座をして謝ったりしたのだが、あまりにも哀れだったので緋煉の名誉のために省略させていただく。
~~~~~~~~~~
「結論から言うと、俺はアンタ達を信用できない。だから共闘したり一緒に行動するのは断らせてもらう」
「でしょうね」
「なんでだ?」
「貴女がタチバナ様に攻撃したりするから信用がガタ落ちしたんでしょうが」
「えっ」
「しかもその後の態度。タチバナ様は騒がしいのがお嫌いだというのに……最悪です」
「あぅ」
「さらにはその自覚が無いのもマイナスですね。バカはタチバナ様の近くに居られません」
「…うっ、うぅ……」
龍瑠に言葉の暴力で滅多打ちにされて緋煉はグロッキーになってしまったが、そのことについては龍瑠が正しいので誰も気にしない。しかもそれとなくフィムが緋煉を押してこの場から排除するというオマケ付きだ。
「……マスター、そうなの?」
「まあ大体は合ってる。なんでそんなに俺のことを知っているんだ?」
「女の勘です」
「だとしたら女全てが恐ろし過ぎるわ」
「というのは冗談で、ここまで観察し続けた結果です」
「だろうな」
もちろんタクは龍瑠が事細かに自分を観察していたことに気付いていた。それだけでは大した情報は得られないだろうと放っておいたが、どうやら龍瑠の観察眼はレベルが高いらしい。
「しかし困りましたね。緋煉のバカの所為で断られることになってしまうとは」
「何言ってやがる。これも予想の範疇だろうに」
「――あら、分かります?」
「お前みたいに情報を大切にする奴が1つのプランだけで行動する訳がない」
「ふ、ふふ……では次はどうすると思いますか?」
「俺の奴隷になる」
そう言われた龍瑠の表情がピシリと固まった。と、同時に冷や汗なんだか脂汗なんだかよく分からない水分が顔を垂れていき、顎から地面に滴り落ちる。
龍瑠としてはここまで正確に推測されるとは思っていなかった。何故なら自分から奴隷に落ちるのはあり得ないからだ。
しかしタク的には……いや、日本人ならその発想には割と簡単に辿り着くだろう。やりたいか否かはともかくとして。それもその筈で、そもそも生まれ育った世界が違うのだから価値観が全く噛み合わないのは当然だ。
「少なくとも俺はこれ以外では納得しない。俺の信用を得たいならそれぐらいはやれ」
「うっ……」
今の龍瑠の頭の中は『こんな考えがバレて機嫌を損ねたのではないか』で一杯だった。先ほど緋煉が落とされたのを見て、龍瑠はタクに勝てないことをちゃんと理解しているが故にパニックに陥った思考を纏められない。
「ま、良く考えて行動するんだな」
「……マスター?」
「先に進むぞ。どうせ追って来る」
そう言ってタクは今まで静かにしていた(実際は干し肉をモグモグしていただけの)フィムの手を引いて立ち上がり、翼を出して羽ばたき、その場を去ってしまう。
タクにとってこの2人は居ても居なくても変わらない。だから明確な言葉を聞くまでは放置することに決めたのだ。
そこに残された龍瑠と緋煉はお互いに顔を見合わせ、次いでいよいよ降り始めた空を見上げた。もうタク達の姿はなく、痕跡すらも見つからない。
「本当に、どうしましょうか……」
そんな龍瑠の暗い呟きは雨に溶け込み、誰の耳に届くこともなかった。




