39話 変化
メルテリアから10㎞ほど離れた場所に生えている木の陰に、脂汗をかきながら苦しむ少年が座り込んでいた。
「ぐっ……があぁぁあっ!? げほっ、ごふっ……はぁ…はぁ…」
「……マスター」
「しん、ぱいする…な。これは――うぐっ!?」
ビチャビチャと赤い粘り気のある液体が撒き散らされる。それはもちろん血液で、その出所は少年――タクの口元だ。
「……うぅ、マスター」
「だいじょうぶ、だって……あとす、こし…だからな」
たしかに吐血してから荒れていた呼吸が徐々に整ってきたように思える。しかしフィムは、それでも心配でならない。
苦しんでいるのがそこらの一般人ならば、そこまで心配はしない。それはフィムが非情なのではなく、瞬時に回復魔法を掛けてしまうという意味でだ。
だがタクは決して魔法を使わないようにとフィムに厳命した。しかもあのタクが声を上げるほどの激痛だ。これで心配にならない方がどうかしている。
「ふぅ…ふぅ……おさ、まったか」
「……ぐすっ、ますたぁ…もう大丈夫なの…?」
「あぁ、もう終わ――っ!? 離れろ!!」
「……ぇ」
いきなり突き飛ばされたフィムは何が何だか理解できていない。が、タクにはそんなフィムを気遣う余裕はなかった。
一方フィムは理解できなくても、せめて何が起こっても対処できるようにと崩れていた姿勢を元に戻そうとして……爆風に襲われてさらに吹き飛ばされた。
もう本格的に訳が分からないが、それでも愛しい主人のために翼を出して空中でバランスを取り、タクの様子を見る。
「………………え?」
フィムが見た物は片翼10mほどの巨大な翼だった。
先の爆風はどうやらこの翼が起こしたものらしいとフィムは悟ったが、それはつまりタクが制御できていないということで……
フィムの嫌な予感は当たった。翼がタクを包み込み始めたのだ。タクはぐったりしてピクリとも動かず全く抵抗しない。
やがて、フィムが何かする前にタクは完全に翼に覆われてしまった。
「……ど、どうしよう」
珍しく動揺するフィム。魔法は使うなと厳命されているし、そもそもあれを抉じ開けるには攻撃用の魔法じゃないと意味がないだろう。そうなると“主人に危害を加えられない”という奴隷の制約が邪魔をして行動できない。
そうやって悩み続け、あたふたしていると繭のようになっていた白い球体に罅が入った。フィムはビックリしてじっと見つめる。
ピシ……ビシッ! バキバキッ…ガシャァン!!
「はぁぁぁ……メッチャ痛かったな……」
人に散々心配をかけておきながら、タクはいつも通りの無表情でそんなことを呟くのだった。
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「………………」
「分かってるから。そんな目で見るな。説明もちゃんとするから」
タクが繭から出てきて1時間。フィムの涙もやっと収まり、タクは責めるような心配するような視線を全身に浴びていた。
「まずさっきのことだけど、あれは俺とフィムの魔力が混ざっただけだ」
「……それで痛かったの?」
「まあ他人が精神の内側にまで入って来るからな。拒絶反応が出ても仕方ない」
「……そこは、わかった」
そう言いながらも、フィムはまだ何か言いたげな目をしている。タクもそれは分かっていたのか話し始める。
「お前が言いたいことは、俺の見た目の変化だろ?」
「……ん」
「そりゃもうあれだ。お前と混ざったとしか言えない。俺としても見た目の変化は予想外だったしな」
そう、タクの見た目は少しだけ変わっていた。まず右目がフィムと同じ綺麗な碧に、さらに髪が肩辺りまで伸びていた。元から少し長めだったのだがそれ以上になったのだ。
そしてなんと言っても一番の変化は翼が出せるようになったことだろう。今もタクはそれを出したまま動かす練習をしている。先ほどは飛ぶというよりは跳んだ感じで、その後は滑空していただけだった。
まあそこは割かしどうでもいい。重要なのはタクがフィムと同じ翼を出せるようになったということで。
「……お揃い」
「……まあ、そう言えなくはないが……」
それもどうなのかとタクは思うのだが、フィムは嬉しそうなのでとりあえず同意しておく。
因みにタクが翼をさせるようになった理由は簡単だ。フィムの魔力に翼の情報が書き込まれていたからタクも使えた。ただそれだけのこと。
「……なんで混ざったの?」
「んー……一言で言うなら俺の“特質”が原因、だな。俺の生まれに関係あるから今度ゆっくり話すけど、俺って受け入れる時は深い部分まで許すみたいなんだよな。だから魔力も混ざったんだろ。言っておくが他の人間じゃありえないからな」
「……それはわかってる」
まぁどいつもこいつも魔力が混ざったら大変なことになる。タクは平然としているが、拒絶反応時の痛みは発狂してもおかしくないレベルであるし、自分の中身が変質する恐怖に常人は耐え切れない。やはりどこか狂ってしまうだろう。
さらに言えば、お互いに本当の意味で心を許しているなど奇跡以外の何物でもない。愛し合って結ばれた夫婦であろうとも、そこまで許している人間は少ないのだ。
受け入れられる側(フィム)も相手の中に自分の一部が吸収されるという恐怖に打ち勝たなくてはいけない……のだが、フィムは全く恐怖することなく、むしろ喜んでいた。本人は気付いていないのが何とも言えない。
例えるなら、自分の腕を食われているような感覚なのだが……本人が気にしていないならそれでいいのだろう。
「あ、そうそう。魔法の仕組みが大体分かったからそれも教えとくわ」
「……え?」
そしてまたとんでもないことを言い出したタク。
何故か世界最高の魔法授業が草原にポツンと生えている木の陰で始まった――




