金色の女の子 2
タクの奴隷になってからは驚きの連続だった。お腹が減ったとワガママを言っても怒られないし、ギルドで出されていたゴミ寸前の不味い野菜の切れ端ではなく、しっかりと味付けされた美味しい肉が出てきたのだから。
それ以外にも柔らかいベッドは使えるし、お湯で体を拭いてくれるし、決して安くはないステータスプレートも作ってくれた。
服や靴も買ってくれたし、生き抜くために必要な力(魔法)も教えてくれた。しかもご主人様は御伽噺に出てくる勇者のように強く、魅力的な上にかなり優しい。甘くはないが。
ギルドに居た年上の奴隷が教えてくれた“未来”とは全く違う。
奴隷は、いくら法律で生存権が守られているとはいえ一般市民より身分が低い。つまり過酷な労働を強いられることが多いのだ。もちろん違う場合もある。養子代わりに子供の奴隷を買ったり、後妻を奴隷の中から探したりすることもあるのだから。
しかしそれらはあくまで少数の例外だ。大多数は労働力として買われていく。そしてフィムに説明した年上の奴隷が教えていたのは“労働奴隷としての未来”だ。
1日2食、休日無しは当たり前。酷い所だと部屋が男女混合の大部屋1つなんてこともある。当然ながらその中には奴隷しかいないので女は容赦なく犯される。まあそういう所は性病が蔓延して奴隷が死んでしまうので、殺人罪とその他諸々の罪で潰されるのだが。
余談ではあるが、奴隷が死んでしまった場合は直接手を下さなかったとしても主人が殺人罪に問われる。理由は『奴隷は持ち主の資産であり、その命まで管理しなくてはならない』とされているからだ。つまり管理不行き届きで間接的な殺人とされる訳だ。現代の育児放棄と似ている。
閑話休題。
結局なにが言いたいのかというと、奴隷としては破格の好条件であり、フィムはとても幸せだということだ。
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ある日フィムは奴隷としてあるまじき行動をした。自らの想いを主人に打ち明けてしまったのだ。それも自分から積極的に。場合によっては売り払われてもおかしくない行動である。
主人が奴隷を求めるのは良くても、その逆は殆ど許されることはない。何故なら主人に従順で自己主張の少ない奴隷が好まれているからだ。まあ、お腹減ったとか一緒に寝たいとか言っている時点で手遅れではあるのだが。
とにかく、フィムは見ただけでは良く分からないが、殺されることも覚悟してタクに告白した。それに返ってきた言葉は“あと1日だけ考えろ”というものだった(フィム的には嫌いになれないのでそう捉える他なかった)。
そして今日。宣言通りなら、恐らく昼頃まで書庫から出てこない主人にやきもきしつつ、フィムはなんとなく戦闘職ギルドに向かって歩いていた。
その道中、なんだか妙に注目されている気がする。その上コソコソと囁き合っているのだ。気になる。気になって仕方がない。しかし奴隷の粗相は主人の責任になってしまうので迂闊なことは出来ない。
そんな居心地の悪さを感じながら歩いていると、1人の青年がフィムの前に立ちはだかった。なんだろう? と立ち止まるフィム。気付けば周囲は黙りこくり、固唾を飲んで2人を見ていた。
しばらくして、やっと青年が口を開く。
「あの、天女様ですか?」
「……てんにょ?」
その口から出た言葉は意味不明だったが。
コテン…と首を傾げるフィムに赤面しながらも青年は言葉を続ける。
「大進行の際に魔物を退けてくださった天女様ですよね? あの、その1つお願いがあって………………つ、翼を拝見させてもらえないでしょうか!?」
さらに意味がわからなくなった。周囲の人達も「おぉ、言いやがった」だの「私も見たいな……」だのと勝手なことを言っている。
しかしフィムが断るという選択肢は取れない。やはり一般人に反抗的な態度を取ると主人が悪く言われる。それだけは何としてでも避けたいフィムなので、素直に翼を出すことにした。
「……? 分かった」
そして一瞬の後に、四枚二対の白い翼が現れた。
何故増えたのかフィムは理解していない。ただ成長したら翼も増えたな~…程度にしか考えていないのだ。因みにタクはこのことをまだ知らなかったりする。
『おぉ……!』
それを見た周囲の人間は女神か何かを見たかのように感極まっている。
たしかに見た目は純白でキラキラと輝き、とても綺麗だ。それにフィムの容姿も金髪碧眼の美女であり、天女というのもあながち間違ってはいないのかもしれない。だがしかし、その翼を一薙ぎするだけで甚大な被害が生まれるということを知らないからこその反応とも言えるのが悲しい所だ。
フィムの翼は100%魔力で構築されているので、魔力強化とすこぶる相性が良い。つまり親和性が高いのだ。そんなものを全力で振るえばどうなるかなど火を見るより明らかである。
「……これでいい?」
「はい! ありがとうございました!」
「……ん。じゃあこれで」
そう言って翼を消し、また歩き出すが戦闘ギルドまでの長くはない道のりで、計3回ほど同じようなやり取りをした。さすがにここまでくると何者かの作為を感じずにはいられない。誰が何の目的で“天女”を広めたのかは分からないが。
実はタクが暇を見てコッソリ広めていたのだが、フィムはそんなことは知らない。
(……もう帰ろう)
ずっと誰かに見られているという状況に耐え切れず、フィムはギルドに寄ることなく帰ってしまった。
その帰り道でも2回ほど声をかけられて、精神的な疲労からグッタリとしてしまったフィムだった。
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そんな日の翌朝。なんとタクはまだ書庫から出てこないでいた。これにはさずかにダレイスもミリアーナも心配していたが、朝食を食べ終わったあたりで眼の下が黒くなったタクがのっそりと出てきた。
「……ぁ…マスター」
「フィム、お前……」
タクはフィムの顔を見た瞬間、僅かに目を見開き、次いで微笑んだ。
それはほんの少しだけ口角が上がっただけ。たったそれだけで、他人がやったとしてもそれは“笑顔”に映らないだろう。そんな微笑み。
「た、タチバナ殿……?」
「(きゃぁぁぁ! クツキの笑顔とか破壊力あり過ぎ!!)」
「……っ!!」
そんな突然の笑みは3人にそれぞれ違う衝撃を与えた。
ダレイスは前回の生を諦めてしまうほどの狂気を思い出して全身に嫌な汗をかき、ミリアーナは思い人のそんな表情に顔を真っ赤に染めて、
フィムは自らの想いが受け入れられたのだと悟り、涙を流していた。
「はは……そうか、お前は俺を受け入れたのか…そうか……」
何か眩しいものを見たかのように目を細めるタク。現にタクはそこまで人を想えるフィムがとても眩しかったのだが、フィムはそんなこと知らなかった。
「……マスター…い、いいの…?」
「お前こそいいのか? 俺って独占欲強いぞ?」
「……ん」
「そうか。じゃあこっち来い」
言われた通りにタクの前まで移動したら――
「………………」
「……っ!? んぅ…む……」
――したら、そのままフィムはタクに唇を奪われた。ダレイスとかミリアーナのこととかタクは全く気にしていないようだ。
だがフィムの心中は荒れまくっていた。
(……キス! キスされてる!? マスターに? マスターに!!)
正直意味不明なことになっているがそこは置いておいて。
フィムにとっては長く永い時間触れ合っていたのだが、実際は3秒ほどでタクが離れた。その顔はいつも通りの無表情に戻っている。今さらキス程度で赤くなるような可愛らしさなんてタクには期待する方が間違いなのだ。
「ダレイス様、お世話になりました。ミリアーナさん、また会いましょうね」
タクはそう言うとフィムを抱き寄せて出口まで一瞬で移動した。そしてそのままの勢いで外に飛び出し、背中に純白の翼を一対出現させた。
「……ぇ」
「行くぞ、フィム。ちょっと時間が無い」
「……時間って――」
なに? そう聞こうとしたが声にならなかった。タクがとんでもないスピードで上空に舞い上がったのだ。元々の脚力と翼の力が合わさって息が出来ないほどの速度に達する。
「……マスター! どうしたの!?」
未だに抱きかかえられている状態のフィムは大声でタクに話しかける。そうしないと風に掻き消されてしまう。
「事情は後で説明する! 今はとにかく安全で人のいないところに行くぞ!」
どうやら新たな旅路は最初から問題が起こったらしい。……いや、まあ国を追い出されて始まった旅なのだから最初から問題だらけなのだが。




