金色の女の子 1
(……? くろいひと?)
それが部屋の入口に座っている人物に対する、金色の女の子の第一印象だった。
光を反射しない漆黒の髪に、見る者を吸い込むような黒眼。ともすれば女性と間違えてしまいそうな華奢な身体(この世界基準で)を包む衣服も、全身真っ黒である。
「……じー」
女の子は意味もなく呟いてみる。本当は自分をアピールして買って貰えるようにしなければいけないのだが、そんなことをする気は全くない。
(……?? うごかない? まえのひととちがう?)
この建物に入ってくる奴らは、どいつもこいつも奴隷を使い潰す気でいる。そりゃそうだろう。一般奴隷を殺してしまうと普通に殺人罪で捕まるのだが、奴隷が病気で死んだ場合だけはその限りではないのだ。
この建物で買った証明書があれば死んでしまっても「病気だった」の一言で済んでしまう。それ故にここに来る輩は、奴隷を人として見ていない者ばかりなのだ。女の子も一度そういう人間に会ったが、その温度の無い無機物のような瞳に恐怖したのは忘れられない。
しかし入り口付近に座ったまま動かない“くろいひと”は違った。
何故そこから動かないのか女の子は分からなかったが、そんなことはどうでもよかった。その瞳に確かな温かみがある。それだけで十分だった。自分のことをこの人は人間として見てくれているのだと幼いながらに理解できたから。
それならば前言撤回、ちゃんとアピールして買って貰わなくてはいけない。
だが残念ながらそのアピールの仕方が分からない。とりあえず近くに来てもらった方がいいと思い至り、勇気を振り絞って自分から声をかけた。
女の子が動かないのは、空腹で力が出ないからだ。最近は立ち上がることもままならない状態で、入り口までの約2mを移動できるとは思えなかった。
「……おにーちゃん、だれ?」
「ん? あ、俺か? 俺……の名前はタクだ。君の主になる…のか?」
タクと名乗る人物に対する女の子の評価は“良く分からない人”だった。見た目は大人とは言えない、むしろ中性的な顔つきの所為で幼く見えるほどなのに、その声音や立ち居振る舞い、雰囲気がとても落ち着いていて子供とは思えないのだ。
だがそんなことよりもタクは大事なことを言っていた。聞き間違いでなければ「君の主になる」と言っていたのだ。それはつまり女の子を買う意思があるということ。
「……こっちでおはなし、する」
「いいのか?」
「……ん。おにーちゃん、いいひと」
「それは無いと思うが……まあ、お言葉に甘えさせてもらいますか」
(……ぜったい、いいひと。まえのひととは、やっぱりちがう)
そうは思うのだが、それをどうやって伝えればいいのかが分からない。さっきから分からないことばかりだが、それでも自分なりに必死に考える。
その結果が――
「……ん」
「なんでここに座るんだ?」
「……いいひと、だから」
――胡坐をかいたタクの膝の上に着地することだった。
正直そこまで動くのも一苦労な上に、これが正しかったのかどうかも分からなかったが、とにかく自分から近づいて、肌で触れて、自分の気持ちを伝えたかったのだ。
「理由になってない……まあいいや。それより名前を教えてくれないか?」
そう問われて、未来のご主人様に名乗らせておきながら自分は名乗っていないことに気付いた。
「……フィムは、フィムっていうの」
「フィムか。これからよろしくな」
「……ん。よろしく、ごしじ…さま」
そう名乗った女の子――フィムは内心ビクビクしていたが、サラッと流されたので気にしないことにした。
というか「これから」と言われて心が喜びで満たされてしまったので、ビクビクしていたことも忘れてしまった。
「ごしじ? ……あぁ、もしかして“ご主人様”って言おうとしたのか?」
「……いえなかった」
いくら幼いといっても、呂律が回らないのはちょっと恥ずかしかった。
「別に他の呼び方でもいいけどな。タクとか」
「……ほかには?」
「んー……マスターしか思い浮かばないな」
「……じゃあそれにする。よろしく、です、ますた」
さすがに主を名前で呼ぶことは憚られる。奴隷は主人に従順でなくてはならないことくらいフィムだって理解している。タクがそこらへんに寛容だとしても、周囲が許してはくれないだろう。
だから、代わりに提示された主というのはとても助かった。それすらもしっかりとは発音できていなかったが先ほどよりはマシだろう。
「まあ、いいか。そろそろさっきの胡散臭いハイテンションが来るから待ってろ」
「……ん」
ハイテンションで伝わるあたり、あのうるさい店員は奴隷にもうるさいと思われているようだ。
「お待たせいたしました! 準備が整いましたのでこちらへ来てください!」
「だってさ。行くぞ、フィム」
そう言われても動けない。
「……だっこ」
フィムがタクに頼んだ時、一瞬だけ店員が鋭い目でフィムを睨んだが、タクはそれを無言の圧力で黙殺していた。言葉にすると「処分した方がいいですかね?」「お前は黙ってろ」みたいな感じだ。
そんなやり取りがあったことなど知る由もないフィムは、またもや内心ビクビク状態に陥っていたが、すんなりと抱き上げてもらってそんな気持ちは吹き飛んでしまった。
「………………はぁぁ……って、お前軽いな。ちゃんと食わないと死ぬぞ」
そうは言われても食事の量が少ないのだから仕方ない。
ギルド側も、ちゃんと食事を与えているのに一向に元気を取り戻さないのを見て、原因不明の病気と断定。だが同じ症状の奴隷がいないので感染性のものではないと判断されている。まあ元気がないのに食欲旺盛だなんてフィム以外には中々いないだろう。
「さぁさぁこちらですよ!」
「分かったから騒ぐな」
「……ん」
「いやお前じゃないから」
「おやおやいい子ですな!」
「あんたがうるさいんだよ。ちょっと黙ってろ」
「これは手厳しい!」
騒ぐなと言われてビクッとしてしまったこと以外は特に何も起こらずに、目的の部屋に辿り着いた。
その部屋に入るとタクと店員がなにやら話し始める。フィムは殆ど理解できなかったが契約するために血が必要だということだけは分かった。
「あー……フィム。ちょっと痛いかもしれないけど我慢しろ」
「……ん。かんばる」
「よし。じゃあ手出せ」
フィムは痛いことが嫌いだ。母親が居なくなってから奴隷商に保護されるまでの僅か1ヵ月間、この世の不条理と厳しさを受け続けていた。時には虐待紛いのことをされて村や町から逃げ出したこともあった。
だが、まだ話すことすら未熟な女の子にこの世界での野宿は普通に考えて不可能だ。それを可能にしたのは生まれ持った膨大な量と、高い質を誇る金色の魔力だった。タクが森を抜けた時のように魔物避けになっていた上に、〔癒〕の適性によって無意識の内に身体を正常な状態に整えていたのだ。
残る問題は食糧だ。知っての通り、フィムは大量に食べ続けないと元気がなくなる。
それは自分自身も分かっているので、フィムは何でも食べた。その辺の草、木の皮や根、酷い時には泥や砂だって口にした。見た目はアレだが芋虫が一番美味しかったというのが何とも言えない。
運よく1羽だけ捕まえられた兎も、解体法や血抜きの仕方を知らなかったし、火を熾すことが出来なかったので血肉を生のまま食べたから凄く不味かった。それでも骨以外は全て食べてしまうのだからとんでもない。寄生虫やら食中毒は〔癒〕で無効化してしまっていたのでフィムは無事だが、一般人は決して真似してはいけない。
閑話休題。
「……っ…………? ……いたくない」
「よかったな。ほら、俺も垂らしたぞ。さっさと契約終わらせろ」
結構な痛みを覚悟していたフィムは、その結果に呆けてしまった。
フィムと店員視点では、タクの右腕が揺らいだと同時に指から血が滲んだようにしか見えなかったのだ。当然それを知覚すれば痛みも覚えるのだが、転んだ方が100倍痛い。
その後、契約陣で若干もめたがそれ以外で特に問題は起こらず、フィムは無事にタクの奴隷になったのだった。




