クィトス王国 1
「おい! これはどういうことだよ!!」
ここはある王城の一室。そこで1人の青年が激怒していた。いや、1人ではなかった。
「そうですよ。こればかりはちゃんと説明して頂かないと納得できません」
「うん。さすがに今回のこれは意味不明だわ。理由はあるのかしら王女サマ?」
「私も納得できませんわ! いい加減なことを言ったら怒りますわよ」
4人の男女が1人の女性に怒りの矛先を向けていた。視線も非常に厳しいもので、4人の背後にいる壮年の男性はその怒気に冷や汗をかいていた。
しかし当の本人である女性はというと――
「申し訳ありませんが、勇者様方が納得できる理由はありません。それでも真実が知りたいのなら私よりも強くなってください」
「あぁ!? 納得できないってどういうことだよ! それは正当な理由なんてないってことか!?」
「落ち着いてください、ナキリ様」
――冷静で、動揺の欠片も見られなかった。むしろ激怒している4人を物分かりの悪い子供を見るような目で見つめている。よく見ると、困ったように眉根がほんの少しだけ寄っていたりするのだが、この場にいる全員は最後まで気付かなかった。
「これが落ち着いていられるかよ! タクを追い出す必要はなかったはずだ!!」
「ふぅ……《アイス・ジェイル》」
「ぐあっ!? がっ! くそっ、テメェ! ふざけんなよ!」
「その程度の魔法、簡単に破ってください。というか当たらないでください。皆様も同じです。そんな非力な存在ではなく、世界を救うに足る力を手に入れたのならタク様を追い出した理由を話して差し上げます」
「……正直に貴女が話す保証がないわ」
「心配は無用です。勇者様方が強くなった頃には、自然とタク様を追い出した理由も判明しているでしょうからね」
その不可解な言葉に黙り込んで考える4人の勇者達。さきほどまで一番怒り狂っていた青年――百鬼修兵も、氷の檻に捕らえられて頭が冷えたのかしっかりと考えている。
その様子を見てアルファル王はただただ狼狽えるばかり。しかしそれを責めるのは酷である。何故なら勇者達には強大な潜在能力があり、戦闘力的に一般人な彼からすれば恐怖の対象であるし、さらに将来は国の切り札になる存在だ。これを怒らせるなどあってはならない事態なのである。
しかしその居心地の悪い沈黙もふいに終わる。修兵が最初に答えを出したのだ。
「……分かった。アンタは信用ならないが、どうやら王様も知らないようだしな。情報源はアンタだけってことだ」
「そうですね。私の独断ということではありませんが、父上は今回のことには関与していません。その意味ではナキリ様の推測も外れてはいません」
「なら……アンタの思惑通り動いてやるよ。力を手に入れて、アンタを倒して、無理やりにでもタクを追い出した理由を聞き出してやる。ただし、しょうもない理由だったら殺してやるからな……!」
その宣言は他の勇者達に少なくない衝撃を与えた。タクは別としても、勇者達は一般人であり4人全員が同類だと思っていたのだ。しかし修兵の言葉は本気だった。つまりウルのことを場合によっては本当に殺すということ。何がここまでの覚悟を修兵にさせているのか、他の3人には理解できなかった。
「いいでしょう。私の命程度でよければ、ですが」
「命も惜しくないってか! 温い覚悟だな!! アンタは知らないんだろうけどな! あいつはこれから幸せにならなきゃいけない奴なんだぞ! あの時のあいつの顔は……全部諦めた人間の表情だった!」
「ちょっと……百鬼、落ち着きなさいよ。言ってることが意味不明よ?」
「ぐっ……そう、だな………………ふぅ、よく考えてみればタクが自分で報復くらいしそうだしな。オレがキレる意味はなかったか」
黒羽に指摘されてやっと落ち着いたらしい。その呟きは尤もなことだった。この場の全員が見た、自動拳銃のくせに抜き手も見せない早撃ちは脅威であるし、その経験と知識は何よりも危険な武器であろう。
やろうと思えば王城侵入くらい口笛吹きながらでも出来るようなチート野郎だとは誰も思っていない。というかそんな存在を想像できない。
「どうやら落ち着かれたようですね。では、私はこれで」
それだけ言ってウルは退室してしまった。それと同時に解かれる《アイス・ジェイル》。全身の関節が動かないように拘束具もセットで発生していたので、ずぶ濡れになる修兵。またもや嫌な沈黙が部屋を襲う。
「「「「………………」」」」
「……おい、何か拭くものを持ってこい。勇者とて人なのだ。風邪をひくこともある」
「はっ!」
ある意味では平和な勇者達であった。
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(ふぅ……まさかタク様があそこまで求心力のある御方だとは。予想以上に嫌われてしまいましたね……)
一方、勇者4人からの怒気にも全く動じなかったウルはというと、廊下を歩いて私室へと向かっていた。
と、その途中で傍らに突然現れた影。なんというか、こう……忍者のような格好、と言えば分かるだろうか? そんな姿の顔を半分以上隠した女性がウルの隣にいつの間にか居たのだ。
「報告があります」
「聞きましょう」
その短いやり取りの後にいくつかの情報を交換する。ウルは王城内で囁かれている大貴族達の情報を、クノイチ(?)はウルから依頼された事柄の調査結果を。
最後にクノイチが渡した情報はタクに関して付随したものだった。
「アーテリア侯爵がさらなる追手を……?」
「はい。どうやら20人ほど出したようです。かなりの手練れでしたが彼には敵わないでしょう」
「珍しいですね…貴女が自らの見解を語るなんて」
「……失言でした」
「まあいいでしょう。それより、貴女にはこれからタク様の追跡をしてもらいます」
「不可能です」
間髪容れずに答えたクノイチ。それに対して本気で驚いた顔をするウル。
「本当に珍しいですね。貴女が依頼を始める前から断るなど初めてではないかしら?」
「そうですね」
「理由は? 貴女の個人的な見解も教えてください」
「大体1ケラルほど離れた場所から監視していた際に気付かれました。これ以上となると私が追跡できなくなります。恐らく彼の警戒領域は半径2ケラルかそれ以上でしょう。私はそう推測しています」
ケラルとは1㎞を表す単位だ。因みに1mは“メル”だ。
先の言葉を翻訳すると「1㎞も離れて監視したけど気付かれた。多分2㎞以上離れてもバレるから無理」となる。
その言葉を聞いたウルは再度驚く。
「それは……普通の人間に可能なのですか?」
「不可能です」
「では貴女のレベルなら?」
「努力と才能次第でしょう」
「そうですか………………ですが、やはり追跡・監視はしてもらわなくてはなりません」
再度の依頼にクノイチは黙り込む。この王女が馬鹿ではないことは分かっているし、何か理由があるのかもしれないと考えたからだ。
「彼は強い。恐らくですが、彼に対抗できるのは我が国で貴女と騎士団元帥、それに宮廷魔道士団元帥の3人だけでしょう。それも“戦える”というだけで勝利には程遠いくらいに」
真正面からお前はタクに勝てないと言われたクノイチだが、まさにその通りだと思っているので何も言わない。
「そんな人が隠れようと思ったら、どうなりますか?」
「それは……」
「分かりましたか? 私は彼を見失いたくないのです。計画のためにも」
「………………承知しました。どうにか追ってみましょう」
「お願いします。失敗したとしても今回だけ罰則は無しとします。全力で取り組んでください」
「了解」
そう言ったクノイチはいつの間にか消えていた。しかしそれに驚くことなくウルは歩み続けて部屋へと戻る。
そこには机と小さなテーブル、それに大きめのベッドしかなかった。全体的に白を基調としていて、良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景な部屋だった。どう見ても一国の王女の私室とは思えない。
その机の上には1冊の本が置いてあった。それを手に取るウル。
「『厄災の5人目』……まったく、忌々しいですね」
その本のタイトルは『厄災の5人目』
本来は4人しか召喚されない筈の勇者だが、5人目が召喚されることが稀にある。その5人目が召喚されると、そこから少なくとも3年以内に召喚国が大災害に巻き込まれるという実話だ。
それを防ぐには“国から追い出す”か“抹殺する”しかないと書かれているその本。
ウルは言葉通り、忌々しそうに睨み付けていた――




