38話 フィムの気持ち
「……マスター、話がある」
ダレイスの屋敷を目前にしてフィムが突然そんなことを言い出した。
「なんだ?」
「……マスターは赤ちゃん欲しい?」
「………………は?」
いきなりの爆弾だった。タクを翻弄するとはフィム恐るべし。
「……ミリアーナさんが『男は子孫を残したがるものだ』って、言ってた」
「なに吹き込んでくれてんだあのギルマス……」
「……マスターは赤ちゃん欲しい?」
そして再度の問いかけ。タクは告白されたこともあるし、求婚されたこともあるが、過程を吹っ飛ばして子供がどうのこうのなんてのはさすがに初体験だった。
「……私はマスターの赤ちゃん欲しい」
いつの間にか1人称が変わってるな、なんてどうでもいいところに思考が逸れてしまいそうになるが、そんなことよりも今はフィムである。
「待て。ちょっと待て。……どうしてそうしたいと思ったんだ?」
「……好きだから」
「直球デスネー……」
最初がとんでもない変化球だったのに、いざ決める場面では直球でくるとは、恐らくミリアーナが指導、もしくはアドバイスでもしたのだろう。良い意味で純真無垢なフィムは人の心理を揺さぶることなど出来ない。
とにかく、フィムは真剣に告白していた。些か急ぎ過ぎた感もあるが、タクに対してはムードも何も関係ない上に効果が無いので、選択肢としては正しかったのかもしれない。つまりは正面突破だ。
さすがにタクもこの空気を茶化すのは気が引けたので、自分の考えを話すことにした。
「その気持ちは嬉しい。だけど生半可な覚悟なら、むしろ邪魔だ」
「……っ!」
容赦の無い一言とともに、タクがフィムを威圧する。
初めて身に受ける圧力に膝が折れそうになるが、歯を食いしばってフィムは耐える。
「俺と結ばれるということは、その身を常に戦場に置くということだ。俺が戦いたくなくても、勝手に危険だと判断して排除しにくる輩は何処にでもいるからな」
「……っ!?」
威圧感がさらに強まる。
脚は震えて立っていることしか出来ない有り様だが、それでもフィムは立ち続けている。タクはその姿に密かに感嘆しながら言葉を紡ぐ。
「それでも、と言うのなら1つ試験を受けてもらおうか」
「……なに、を?」
「簡単なことだ。明日の昼まで俺の嫌いなところを可能な限り思い浮かべろ。それでもお前の気持ちが変わらなかったら、考えてやる」
随分と横暴で上から目線な発言だが、全ての原因はタクの歩んできた長くはない人生にある。
揺るぎない想いを持っている女性でなければ、タクについて来ることが出来ないのは経験済みなのだ。後で裏切られるくらいなら始めから近づきすぎないようになったのは、自然な形だろう。
「じゃあ、今からスタートだ」
「……ぁ」
そう言って、クルリと屋敷に向き直るタク。それと同時に威圧感も消え去り、フィムはへなへなと地面に座り込んでしまった。しかしタクは振り返ることなく屋敷へと入って行ってしまう。
まだまだ暖かい季節の昼前だというのに、フィムは全身を震わせていた。
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「(おい、これは一体どうしたんだ?)」
「(……クツキにフラれたのかしら?)」
「(また余計なことを吹き込んだな?)」
「(なんのことかサッパリだわ)」
ダレイス邸での昼食。そこにタクの姿はない。屋敷に入って来るなり『書庫を使わせて頂きます。出てこなくても心配は無用ですので』と言い放って、その宣言通りに書庫へと籠ってしまったのだ。
だからなのか落ち込んだ様子のフィムが凄く目立つ。まさにズーン……といった感じだ。
そこで大人2人は(ミリアーナはタクが戻って来る前から何故か居た)何とか慰めようと考えているのだが、如何せん落ち込んだ理由が分からないので動きようがなかった。
「ねえフィムちゃん。何かあったの?」
漠然とした問いかけだが、こう聞くしかない。誰だって地雷を踏み抜きたくはないのだ。
「………………マスターの」
「クツキの?」
「……嫌いな所が見つからない……」
「「は?」」
全くもって意味不明な答えが返ってきた。好きなところを探すのなら分かるが、何故に嫌いな部分を態々掘り起こさねばならないのか。
疑問しか浮かんでいない顔を見て、フィムは先ほどタクに出された試験について説明した。
「彼も随分と変わったことをするな」
「本当にねぇ……まあ無理して嫌いなところを捻り出す必要はないんじゃない? それはただの過程であって、結果としては気持ちが変わったかどうか、ということなんでしょ?」
「……あ」
ミリアーナのその言葉に、フィムは素直に驚いてしまった。
受け入れられなかったことで取り乱して見失っていたが、結局は“好きか嫌いか”なのである。どうやっても嫌いになれないのなら、それはそれで正解だということだ。
「……♪」
「(一瞬で機嫌がよくなったな)」
「(それだけクツキのことが好きなんでしょうね。受け入れてもらえているのは正直に羨ましいわ…)」
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一方、書庫に閉じ籠っているタクはというと――
「はぁ……嘘だろ、妙に手に馴染むとは思っていたが……」
――手にした刀のある部分を見て呻いていた。
「絶対これあいつだろ。それ以外に居る訳がない。……だからこそ困っているんだけどな……」
タクが見ている部分。それは頭(柄の尻の部分)に填まっている金具を取った内側。柄木の右側に小さく『なのだ』と刻まれていた――




