34話 八つ当たり
「……っ! 補完治療《クラーリヒ》!!」
フィムは空中で受け止めたタクに自分が唯一使える回復魔法をかけた。見たところ怪我の酷い箇所は四肢全ての骨折と、裂傷の酷い右腕に陥没した右胸だけだ。不思議と首から上は殆ど怪我をしていなかった。少しだけ額を切っているだけだ。
《クラーリヒ》はタクが教えた魔法の中ではかなり完成度が低い。何故ならフィムが細胞というものを理解できなかったからだ。タクならば《クラーリヒ》よりも数段上の《リヴァーチェ》という魔法が使えるが、今はその本人が気絶しているので何の救いにもならない。
因みに《クラーリヒ》の効果は魔力で無理やり肉体を補完するという荒業であり、術者も患者も消耗が激しいのでタクは滅多に使うなとタクが厳命している。だが今は関係ない。フィムは《クラーリヒ》に使える魔力全てを籠めた。
「……ぅ……ぐ……」
「……マスター? マスター!」
「ぁ…? フィ……ム? っ! あいつは!?」
そのおかげなのか、それともタクは元の回復力が違うのか何なのか、とにかく《クラーリヒ》だけで目を覚まし、空中に立った。というか意識が回復してから覚醒までが早すぎる。
対するフィムはというと……
「……ぅ……ひっく……うぇぇぇぇ…まずだぁぁ!!」
号泣していた。それはもう泣いていた。すぐにタクのシャツがぐしょぐしょになるくらいに。
これは当然のことなのだ。タクはフィムにとってたった1人の心の拠り所であり、親のようだが兄のようでもあり、唯一無二の憧れの存在なのだから。
10才の子が見るには、タクの怪我は酷過ぎた。実際、タクのように痛みへの耐性を持っていなかったり、耐衝撃訓練を受けていない人間だったらショック死していてもおかしくはなかったのだ。
何があってここまで吹き飛んできたのかフィムは知らないが、今回だけはタクが悪い上に無茶のし過ぎだった。
「…悪かった。心配かけたみたいだな」
「……けがっ、ゆるさな…って……いった!」
「ああ」
「……ぅう……やくそくっ! もうっ……けがだめ!!」
「分かった。約束だ。だから許してくれ」
「……も…ゆるさ……まずだっ……ぅ…うああぁぁぁぁん!」
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娼館ギルドの支部長室に2人の男女と1人の女の子がいた。タクとミリアーナにフィムである。
「すいません。こんなことお願いしてしまって」
「別に気にしなくていいわよ。それにしても何があったの? フィムちゃん、凄く泣いたみたいだけど。目元が真っ赤じゃない」
「……俺が最低の失敗をしただけですよ」
あれから30分。元々眠気に襲われていたこともあってフィムはすぐに寝てしまった。しかし大進行はまだ終わっていない。タクはかなり迷ったが最終的にフィムをミリアーナに預けて、早く大進行を終わらせることにしたのだ。
今は暗闇に戻った草原で、冒険者や傭兵と数は少ないがダレイスの私兵たちが魔物たちを迎撃している。しかしそれも押され気味であり、このままではフィムの努力が水泡に帰してしまいそうだった。
「では」
「気を付けてね」
「ええ」
短いやり取りの後、タクは戦場に向かっていった。
(魔力は……多少回復したが、それでも6000くらいか。まあ雑魚相手なら問題ないな)
そんなことを考えていたら、あっという間に街を抜けて草原に辿り着いた。が――
(あれを使えば早いだろ。こんなに大量の相手をチマチマ削ってたら何日かかるか分からん)
――タクはあっさりとスルーして森へと走って行ってしまった。その姿を見た冒険者その他は「あいつ逃げやがった!」と思ったらしい。
しかし、その僅か5分後。彼らはタクの恐ろしさを目の当たりにする羽目になった。
何故なら、タクはギガンテック・オーガが使っていた斬馬刀(長さ32m)を持って帰ってきたからだ。
「なあ……なんかヤバイ気がしないか?」
「奇遇だな……俺もだ」
「あの人って迷い人の?」
「ああ、たしかここに来た時はハイ・オーガを引き摺ってたな。その前に――」
「――森で死体を振り回して破壊の限りを尽くした……」
「「「………………」」」
嫌な沈黙とともに男たちの顔色が若干悪くなる。
言っていることはちょっと違う気もするが、大体合ってるので否定しにくい。だから誰も「そんなことはない」とは言えなかった。
そして1人の男が沈黙に耐え切れなくなり逃げ出した。そこからは早かった。蜘蛛の子を散らすように全員が街へと逃げ帰ったのだ。味方であるはずのタクから逃れるために。
そんなことをしたら魔物が背後から襲い掛かりそうなものだが、それは無い。タクがイラついていたから魔物に泣きたくなるほどのプレッシャーが掛かっていたので、全身が竦んでしまって動けなかったのだ。
実は、フィムの涙を見てタクはかなり落ち込んでいた。見た目では全く分からないが。とにかく、その涙の原因である自分に滅茶苦茶イラついていた。しかしタクは怪我をしてはいけないので、自分を痛めつける行為はご法度だ。
どうしようもなくなったその怒りは八つ当たりという形で放出されてしまった。つまり、現在竦んでいる魔物達はとばっちりを全身に受けているのである。
それにしても残り1万と少しとはいえ、その全てをビビらせるタクは一体何者なのか。
「ちょっと……憂さ晴らしに付き合えよ」
魔物達はその威圧感から逃げることは不可能と悟り、助かるために決死の覚悟でタクに向かっていった――




