31話 無双
最初に異変に気付いたのはタクだった。
「? ……はぁ、マジか……フィム、街まで急いで戻れ。なんか様子がおかしい」
どうやら悪いことは続くらしく、街の方が騒がしくなっていた。ここからでは正確な原因は分からないが、まあこの時期に起こる騒ぎの原因なんて1つしかないだろう。
「……マスターは?」
「俺は魔力使い過ぎてだるい」
「……む。サボり」
「仕方ないだろ。シトラスが意外と強かったんだよ。つーか今の俺じゃあ空中に足場を作るのもツラいんだぞ?」
「……怠けるの、ダメ」
「お前は俺に何を求めてるんだよ……俺は走って戻るから、お前は飛んでけって言ってんの」
「……むぅ…分かった」
全く緊張感の無いやりとりをしてから、フィムが普段は消している翼を出す。片翼2mはある大きな純白の翼だ。それを動かして周囲に爆風を撒き散らしながらメルテリア方面に飛んで行った。
「ふぅ……俺も行くか。本気で疲れたんだけどな……」
そんなことをぼやきながら、タクも明りの無い深夜の草原を駆けて行くのだった――
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「うわぁ……予想通りとはいえこれはないわぁ……」
メルテリア・タークァの森方面の門。そこの上にタクが立っていた。
「これ、他の奴らは眩しくて何も見えないだろ……」
タクが見ているもの。それは常闇の草原に溢れ出てきた大量の魔物……ではなく、そこで太陽の如く光る魔法を使っている人間だった。言うまでもなくフィムだ。
射程距離を犠牲にして放射時間を伸ばした改良版で薙ぎ払い、一撃で何百という数を屠りつつも、タクが教えた〔光〕の『なんちゃって閃光弾』で敵の目を潰している。アンデッド以外に攻撃力は無いが、光そのものの効果は発揮されるのだ。
「これが無双というやつか。理不尽極まりないな」
お前が言うな。というか無双の原因はタクが教えた魔法だ。本当にこいつが攻撃的な属性を持っていなくてよかった。魔力量がハンパないので絶対に何かやらかす。
「俺も援護した方がいいのかね? ……お?」
その時、タクにしか見えないほど離れている場所……具体的には森の中に変化があった。何かとてつもなく大きいものが動いているのだ。手前の戦場が明るいため奥の暗い森が見えにくく他の人間は全く気付いていないが、タクはその正体をすぐに看破した。
「面倒だな……あれってギガンテック・オーガだろ? 今のフィムじゃあちょっと厳しいか……?」
そう、巨影の正体はギガンテック・オーガだった。タクが倒したハイ・オーガの上位種である。見えている部分とその周囲の木を比べて、大体30mほどだというのは分かったのだが、こいつはハイ・オーガとは全く違った。
「? ……っ!? 嘘だろおい……なんで武器なんか持ってんだよ……?」
武器と言っても大木とかではない。巨大な岩から切り出したかのような斬馬刀をその肩に乗せているのだ。その長さは30mを超えているように見える。
ギガンテック・オーガの恐ろしい所はその知能の高さと、武器を作って扱える器用さだった。
「はぁ……あれは俺が殺るしかないか。あれの弱点って目しか無いんだよな……フィムの魔法じゃあ腕を貫くのは難しいだろうし……森から出す訳にはいかない、か」
そう呟いたタクは――すでに門の上から消えていた。
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「……マスター遅い」
一方、フィムは後から後から湧いて出てくる魔物を倒しながらタクが来ないことに不満を零していた。実はこれ、1人なのが不安だから零しているのだが本人に自覚が無かったりする。
「……《レイグニス》……キリがない。それに眠い……」
それは仕方ない。大進行というのはそういうものだし、タクについて行ってvsシトラス戦を見たのが午前1時ほどだったのだから。つまり現在は2時頃であり、10才の女の子が起きているにはかなりツラい時間だろう。
そんな戦っている最中に少しウトウトしていた時――
――ッズゥゥゥゥゥゥゥンン…………
大地が揺れた。しかも直後に――
「――――――ォォォオオ!!!!!」
「――――――――ぁぁあ!!」
――何か巨大なものを思わせる低い咆哮と、いつもフィムが聞いている声……しかし一度も聞いたことのない咆哮が遠くから微かに、しかしハッキリと聞こえた。
「……マスター?」
それは紛れもなくフィムの主、タクの声だった。それを聞いて嫌な予感に襲われる。何故ならシトラスと戦った時ですら大声は出していなかったからだ。つまり今回はあのシトラスより強い敵と戦っているのではないか? と、そう考えてしまった。
だがそれは間違いだ。vsシトラスでは体調はバッチリだったが、今は体力も魔力も殆ど残っていない状態なのだからタクが苦戦するのは当たり前である。
と、その時――
――バアァァン!!
――ドォォオン!!
破裂したような音と、強烈な打撃音が聞こえてきた。そして揺れる地面。さらに森側から飛んでくる何か……それが視界に入った瞬間、フィムは全力でそれに向かって飛翔した。
「……っ……マスター!!」
それは、ボロボロになって気を失っているタクだった。




