30話 センジン
《ヴェプロシオン》……水氷系・火炎系混合2級魔法。
小規模の水蒸気爆発を発生させて、熱風と衝撃で敵を吹き飛ばす魔法だ。
しかし扱いが難しく、射程距離の値が低い者は滅多に使うことを許されない魔法でもある――
* * *
「ぐっ……! くっそ…障壁全部ぶち破りやがった……ゲホッ!」
ビチャビチャッ! と、タクの足元に液体が撒かれた。見なくても分かる。それはタクが吐き出した血だった。
左腕と肋骨の何本かが折れていて、内臓もいくつか損傷したらしい。だが次の瞬間には淡い光が全身を包み込み、その全てが治ってしまった。これが〔癒〕の力だ。まさにチートだった。
タクが展開していた魔法《インヴィトレス》は〔空〕と〔速〕の複合魔法だ。
〔空〕で固めた空間を壁として使いそれを体表から1㎜間隔で並べ、〔速〕で周囲30㎝に入ってきた無生物の動きを強制的に秒速30㎝に引き落とす。
一見するとかなり優秀な魔法に感じるが、実は作成段階で致命的なミスがあった。
それは、タクが無意識に排除してしまった可能性。現代の地球で戦い続けていたが故の失敗。
つまり――
「あー……ミスったなぁ……魔法という攻撃を忘れていたわ……」
――魔法による攻撃だった。タクはそれを防ぐことを考えていなかったのだ。それは仕方のないことだろう。だって地球には魔法なんて存在しなかったのだから警戒のしようがない。しかもタクはこの世界に来てから、まだ一度も魔法で攻撃されたことがなかったのだ。
この世界の人間が拳銃を警戒できなかったのはその脅威を感じたことがなかったからだ。それと同じようなものだった。
そして、タクの魔法は全て想像で形作られている。だから意識して魔法を防ぐようにしないと、それへの耐性が全く無い不完全なものが出来上がってしまうのだ。
というかそもそも《インヴィトレス》は燃費が悪い。秒間500ほどの魔力を食うのだ。タクの魔力量でも長くは使えない代物であり、実際に短時間しか戦っていないのに殆ど残っていないくらいだ(他にも〔癒〕での消費が激しかったため)。
「ふぅ……〔癒〕があるから良かったものの……つーかこの服も頑丈だな……」
「……マスター!」
「うん?」
「……怪我、許さないって言った!」
「あんなもんお前だってすぐに治るだろうが」
「……むぅぅぅ!」
そういうことじゃない! と全身を使って表現しているフィム。具体的にはポコポコとタクをその小さな手で叩きまくっている。擬音は可愛いものだが、実際は魔力の籠った拳なのでケプテコランあたりならミンチに出来る威力があったりする。
しかし物理に対しては絶対的な防御力を誇るタクだ。叩かれながらもフィムの頭を撫でたりと、かなり余裕である。
「うっ…くぅ……! あれでも、ダメでしたか……」
「お、さすが。やっぱり生きてたか」
そんな時にシトラスが立ち上がってきた。全身は切り傷と熱風による火傷、さらには吹き飛ばされた衝撃で打ち付けたのか打撲も見られる。もはやボロボロだ。
「ふふ……これは、いけませんねぇ……予定変更です……」
「……フィム、下がってろ」
ボロボロではあったが、その仮面の隙間から僅かに見える眼は力を失っていなかった。
そしてその眼に、タクは見覚えがあった。同じものを見た訳ではない。シトラスと知り合いな訳でもない。だが、その『眼』をする奴は危険だということを知っている。
「……どうして?」
「お前はまだ接近戦が出来ない。ハッキリ言って足手まといだ」
「………………分かった。でも上で見てる」
「勝手にし――早く行けっ!!」
ギャリィッ! バキンッ!!
突然襲い掛かってきたシトラスの直剣をタクはナイフで受け止めた……が、さすがにナイフでは無理があった。一瞬だけ耐えた直後に折れて砕け散ってしまった。
「チッ…やっと本気か?」
「ふふ、うふふふふふ……貴方は危険すぎますからぁ……ここで死んでくださいぃ!!」
「お前の方が危険だろうに」
どうやら先の《ヴェプロシオン》で魔力を殆ど使い切ってしまったらしいシトラス。タクも魔力に余裕がある訳ではない。故に近接戦闘になるわけだが――
「はあぁぁぁっ!!」
「…っ……と」
――純粋な体術の力量差は絶望的だった。
その最たる理由はタクの動体視力がおかしいことだ。音速ですら見切る。さすがにライフル狙撃弾は見切れないと過去に本人が言ったことがあるが、こいつのことだ、本当かどうかは分からない。
それはともかく、タクであればシトラスの太刀筋を見切ることなど朝飯前だった。だからその全てが空を切るのは仕方がないのだ。
「くっ……はぁっ!」
「遅ぇよ」
フワッ――ッッドオオォォォォォンン……!!!!
それに焦ったシトラスが今までよりも半歩だけ余計に踏み込んで切りかかった。そしてそれがシトラスの最大の失敗だった。
その腕を取られ、捻り上げられ、肘を砕かれながら、頭を掴まれて、後頭部を大地に叩きつけられた。
その威力は凄まじく、直径30m、深さ10mのクレーターができるほどだった。咄嗟に全身を魔力で包み込み強化していなければ、いくらシトラスとて粉々になっていただろう。
「っ……ゲフッ……」
「おいおい…まだ意識あんのかよ……」
「ふ、ふふ……さすが、ですね。私…なんかでは……カフッ……届き、もしませんか……」
タクは呆れながらも黙って話を聞く。最初から殺す気などなかったし、弱気になっている今なら何か有力な情報を零してくれるかも、と考えたからだ。
だが次の言葉には反応せざるを得なかった。
「…ふ……しかし、センジン様は…もう…目を付けられて……しまい、ましたね…」
「っ!? お前……!」
「私は、この世界で…ゴホッゴホッ……五指に入る、程度の実力は…あると自負……しています」
「っ! やはりか……!」
ただ「この世界で」と聞いても疑問にすら思わなかった。しかし“センジン”という単語が出ていた所為で意味が全く違うものになる。
だが双方ともに今は流して話を進める。
「もう、逃れることは…出来ません……私が負けた、という事実は…確実に世界を動かします…」
(こいつ……この短時間で回復してやがる。俺ほどじゃないがこいつもチートだな……)
「この世界は…染まらぬ者に厳しい。恐らく貴方も――」
「――知ってるよ。そんなことは」
「ふふ…そうでしたか。……もう私と貴方は…いえ……“シトラス”と“センジン”が出会うことはないでしょう」
「だろうな。つーかシトラスって俺への嫌味か? センジンを知っているんならそういうことになるよな?」
「ふふ…ご想像にお任せします」
「はぁ…………じゃあ俺はもう帰るぞ」
「殺さないのですか?」
「必要がない。第一、お前は敵じゃなかった。無駄な殺生は嫌いなんだよ」
「そうでしたね。貴方はそういう人でした」
「…またな」
「ええ、また」
最後にそう言葉を交わして、タクはクレーターから出て行った。シトラスの視界には空から降りてくるフィムの姿も見える。
こうして前代未聞の『私兵団襲撃事件』は謎の存在、シトラスの介入があったが、無事に終わったのであった。




