29話 シトラス
12/09 大幅改稿しました。いつもすいません。
「「………………」」
現在タクは上空200mほどに立っている。その隣にはフィムも飛んでいて、2人は足元――つまり地上をじっと見ていた。タクは『気』で、フィムは魔力で眼を強化している。
その地上は黒衣の何か……シトラスが私兵団相手に暴れまわった結果、血と肉の地獄へと変貌していた。その張本人であるシトラスは先ほどから直立不動で全く動いていない。
(チッ……この距離で気付いたのかよ……それにあの魔力の色……)
「……マスター、あれ何?」
「さあな。俺は行ってくるからお前はここで待ってろ」
「……え?」
「あいつは俺達に気付いてる。この距離で気付くヤツ相手に逃げ切れる自信はないからな。だったら話し合うなり戦うなりしないと危ないだろ? 街までついてくるぞ」
どうやら動かないのはタク達の存在に気付いているかららしい。そういうことに関してはとことんまで鋭いタクが言い切るのだから間違い無いのだろう。
「……ダメ」
「は? ……あぁ、心配してんのか? 大丈夫だ。戦うことになったらフィムも《レイグニス》で援護してくれればいい」
「……絶対帰ってくる?」
「ああ。というか俺が負けるとでも思ってんのか?」
「……分かった。怪我、許さない」
「りょーかい。お前は俺の母親かよ……」
それだけ言ってタクは地上へと走って降りて行った。
やがて地面に降り立った。タクとシトラスの距離は10mほどで、お互いに詰めようと思えば1歩で接近できる距離だ。
意外にも先に話しかけたのはシトラスだった。
「私の戦いぶりはどうでした?」
「あ? ……65点くらいじゃないか? 最初の陽動は良かったけど、その後で騒ぎになるのが早過ぎた」
「あらー…そうですかー……」
何故かシトラスの質問に始まり、それに答えるタク。
その返答を聞いて考え込むシトラス。早くも場が混沌と化してきた。
「……なんで律儀に答えてんだ俺?(ボソッ)……それより名前を教えてくれよ。話しにくくてしょうがない」
「あ、そうですね。私はシトラスと申します。よろしくお願いします」
「あっそ」
「聞いておいて酷くないですか!?」
いつも通りタクは堅苦しい空気を吹き飛ばして、さらには自分でペースを握るためにワザとやっているのだが、毎回ただふざけているようにしか見えない。
「まぁお前の名前なんてどうでもいい」
「え、私にとっては重要な部分なんですけど……」
「それで、お前の目的はなんだ? 態々この場で登場したのも力を見せつけるためだったんだろ? そうでなければ5,000人も惨殺する意味が分からない」
「む、無視ですか…………そうですよぅ…私はある人に依頼されたんですぅ……貴方に実力を見せることと、貴方の実力を見てこい…って」
精神的に競り負けたため、しょんぼりしてしまったシトラス。かなり打たれ弱い。
しかしタクはそんなことは気にしない。というか今の言葉に含まれている意味が現状と食い違っているので、それに対しての疑問で頭が一杯だった。
「どういうことだ? じゃあお前と俺はこれから戦うことになるのか? つーか何故に依頼内容を話したし……」
そう、先の言葉から考えると、タクとシトラスは戦わなくてはいけないことになる。しかしシトラスは一向に襲ってくる気配がない。しかも依頼内容をペラペラと喋る始末だ。
「…依頼内容なんてどうでもいいんですぅ……コホン……そうですよ。私と貴方は戦うことになります。何故なら……」
気を取り直し、真面目になったシトラスはそこで一度視線を上に向ける。その意図をタクが察することは簡単なことだった。その次の瞬間――
――シトラスの目と鼻の先に『死』が立っていた。
「っ!? ガフッ!! ………ぐ…さすがですね…ケホッ…しかしそんなにあの少女が大事ですか?」
タクの拳を腹に受けたにも関わらず、大したダメージは無いようだ。この時点でタクは〔空〕と〔速〕属性を使うことを決めた。隠すことは大事だが、それで死んでは意味がない。
「ああ。あいつは今のところ、俺が守らなくてもいい唯一の存在だからな」
「……それが貴方の『大切な存在』の条件なのですか? 変わっていますね」
「勝手に言ってろ」
「しかしそれでは矛盾していませんか? 現に貴方は彼女を守ろうとしている」
「守らなくていいのと、守りたいのは別物だろうが」
「……なるほど。たしかにそうですね」
「………………」
「………………」
内容的には先ほどとそこまで変わらない会話。しかし空気は最悪だった。
もはや常人では生きることすら困難な殺気と威圧感を発するタク
それに張り合うかのように膨大な魔力を放つシトラス
重い沈黙を破ったのは――タクだった。
「《インヴィトレス》」
そう呟くと同時にナイフを投げる。それをシトラスは危なげなく白銀の直剣で弾くが、それは悪手だった。
タクがその弾かれたナイフを掴み斬り掛かったのだ。一瞬だけ防御のためにナイフへと目が向いてしまっていたシトラスは反応しきれず、しかし直撃を受けることもなくコートが浅く切れるだけに終わった。
が、これはまだタクの初撃に過ぎない。
すかさず退こうとするシトラスに対して、タクはナイフをどこからともなく取り出して5本も同時に投擲した。それらはシトラスに当たるかどうかギリギリの場所を狙っているが、どうしても左右に躱すことが出来ない位置でもあった。
「くっ!」
動きが制限されたシトラスに、再度タクが襲い掛かる。
武器の重量差のおかげで切り結ぶことが出来ているが、もしタクが片手剣以上の得物を使っていたらシトラスは瞬く間に斬り伏せられていただろう。
タクの袈裟切りを真っ向から防ぎ、カウンター気味に左足で蹴り上げるがその足を絡め捕られて投げられそうになり、慌てて足を引く。その瞬間に右足へ向けてナイフが飛んでくるのだから性質が悪い。シトラスは跳び上がってそれを回避するしかないのだ。
もちろんそんな隙をタクが逃すわけもなく。シトラスでさえも知覚できない速度の掌底が腹に突き刺さり、かなりの距離を吹き飛ばされる。
普通ならば距離が開くことで仕切り直しになるところだが、タクはぴったりと並走しているし、シトラスはそんな状況なので息つく暇も無く体勢を整えていた。
まだ空中に浮いているシトラスに向かってタクが跳躍した。今度こそ場の流れを掴みたいシトラスはそのタクに向けて直剣を向けるが――
「なっ!?」
――タクは空中でさらに跳躍して軽く躱して見せた。その先は……シトラスの真上だ。逆さまで空中に停止した(ように見える)タクは、溜めに溜めたエネルギーを解放して頭上に、つまり地面へと向けて跳躍し、
「ぐぅっ…!!」
くるりと1回転してシトラスに踵落としを叩き込んだ。シトラスはそれを剣で受けたがそのあまりの威力に再び吹き飛ばされて、堪らず地面に膝を着く。
そこへ頭上から十数本のナイフが降り注いだ。
瞬く間に全身を浅く切り裂かれるシトラス。ギリギリで致命傷を避けているのは凄いが、このままいけばタクの勝利は確実だろう。
「その程度か?」
油断や嘲りなど含まれていない、いやむしろ何も含まれていない単純な問いかけ。シトラスが気付いた時には、首筋にナイフが添えられ、背中側から心臓を狙う位置にナイフの刃先が押し当てられていた。
ここまでの至近距離。当然魔法など使えない。……タクはそう思っていた。
しかしタクにはありえない欠点があったのだ。今回はそこを見事に突かれる形となってしまった。
その欠点とは――
「くっ…ぐっ……! …ふぅ…はぁ……さすがですね! 仕方ありません! 《ヴェプロシオン》!!」
「なっ! ここで魔法かよ!?」
ドガアァァァァァン!!
――欠点とは、魔法を知らなすぎることだった。




