28話 悪夢
「……俺がこの世界では魅力的に見える…というのは理解しました。ですがミリアーナさんと関係を持つ気はありません」
「どうしてかしら?」
「俺はこれから世界中を旅します。それについて来れない貧弱な人を傍に置くつもりはないので。というかこの世界の恋愛観に当て嵌めれば、俺が『力』を持つ女性を求めるのは間違ったことじゃないですよね?」
「……そうね。でも私は――」
「――『権力』を持っている……ですか?」
タクに言おうと思っていたことを言われて押し黙るしかないミリアーナ。
「たしかにミリアーナさんの『権力』は魅力的です。娼婦なら様々な……それこそ貴族達の情報まで集めることが出来るでしょうからね。
しかし、それはミリアーナさんだけではありません。少し大きい街に行けば貴女と同じような『権力』を持つ人間はいますよね? つまり、ここで貴女を抱いたりするとこれから出会うかもしれない、貴女と同じような人達にも同様の対応をしなければならなくなります。
何故か? だっておかしいじゃないですか。魅力的な部分は同じなのに貴女は良くて、彼女はダメ、なんて。それに前例を1つでも作ってしまうと俺が堕落してしまいそうなんですよ。
だから、貴女とは……ミリアーナさんとは友人以上の関係にはなれません」
タクはとても自分勝手なことを言っている自覚がある。未確定な未来の話で無理やり断っているだけなのだから。それを理解しているから“友達のままで”なんて温いことは言わなかったのだ。
「……ふぅ……そういうことなら仕方ないわね……」
「いいのか? 君が1人の男に執着するなんて初めて見たのだが」
「いいのよ、辺境伯様。クツキの言う通りで戦う力がないと迷い人の傍にはいられないの。少し調べてみたのだけど、過去の迷い人は例外なく何らかの事件に巻き込まれているしね」
意外とすんなり諦めてしまったミリアーナにダレイスが聞くが、自分ではついて行くことが出来ないと悟っているようだ。
なんか最後に物凄く気になることを言っていたが、タクは断った身なので無言を貫いた。しかしここには空気を読まない子が1人いる。
「……なんの話?」
フィムだ。この世界の人達は日本人よりも発達が早く、15歳(成人年齢)で結婚してその年に出産なども珍しくはないが、さすがに10才児が男女のあれこれを完全に理解するのは難しい。貴族の子女だと性教育が始まる年頃ではあるが。
その、ある意味では最難関の問いかけに答えたのは、やはりと言うべきかミリアーナだった。
「フィムちゃんはマスターのこと好き?」
「……ん。とってもいい人」
「そっか。じゃあずっと一緒に居たい?」
「……居たい」
「今の話はそういうことよ。私も一緒に行きたいな~ってお話」
「……そうなの?」
「なんで俺に聞くし……まあ、大体は合ってるよ」
「……ん。分かった」
これで一応は話に区切りがついた。
タクはここに来た目的を思い出して、心の中は疲労でパンパンになった。どうして街の防衛からこんな話にまで逸れたのか……よくよく考えれば、原因はダレイスの「君は娼館に行くのか」という一言から始まったのだ。
(こいつが話を逸らした主犯か……!)
「うん? どうかしたか、タチバナ殿」
「いいえ。それよりも時間がありません。そろそろ準備に入りたいのですが」
「そうだったな。どうか、街のためにもよろしく頼む」
「承りました。では」
紆余曲折あったが、こうしてタクによるエグい作戦は始動した――
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深夜。空には雲が広がっていて月の恩恵を被ることが出来ない常闇の中、エーウェレスト伯爵の私兵団は草原に簡易テントを張って交代で休憩していた。
約5000人の集団ならばそこらの魔物や盗賊は襲ってこないが、稀に大型の「はぐれ」系が何の変哲もない草原に突然現れることもある。そのために歩哨がカンテラを持ちながら2人1組で周囲を見回っているのだ。
だがその空気は緩い。それも仕方ないだろう。この私兵団はもう1週間以上も移動を続けているが、戦闘らしい戦闘はなかったのだ。
しかしその平和と言っても差し支えない空気は唐突に終わりを告げる。
ドォガアァァァァァン!!
まるで落雷のような……だがそれとは全く違う爆音。それは行き先のメルテリア側から轟いた。とは言っても土煙が流れてきているので、発生源はすぐそこのようだ。
すでに私兵団はその殆どが戦闘準備を完了している。中々に優秀な兵たちだ……が、彼らは知らなかった。
自分たちが何を敵に回したのかを。
「ぐぁああ!」
その時、爆音が轟いた方とは逆――つまり私兵団の背後から悲鳴が聞こえた。
「っ! どうした!? 誰か報告しろ!!」
「敵発見! 人数は……」
「どうした! 早く言え!」
「に、人数は……1人です!」
兵士の1人が水氷系9級魔法の《ダーティー・レンズ》で敵を確認したようだ。しかしその報告に対して飛んできたのは怒号だった。
「そんなわけないだろうが! この人数相手に――」
「――私1人では多過ぎますよね」
「「「!?!!?」」」
だがその怒号を遮る声。その声の方向に視線を向けると、いつの間にか黒いコートを羽織って、フードを被り、白い仮面を着けた何かがいた。その手には白く輝く直剣を持っている。
「なっ……貴様、何者だ……?」
「私のことですか? 私は…そうですねー……“シトラス”とでも名乗っておきましょうか」
「ふざけたことを……!」
明らかな偽名を名乗る“シトラス”という何かは、仮面で分かりにくいが、しかし確実に、微かに、とても小さく――
「…ふふっ……」
――笑った。まるで微笑ましいものを見たとでも言いたげな声で。
「では皆様。よい来世を」
そして悪夢が始まった――




