27話 恋愛獣
タクが笑ってから早くも3日経った。
またもやダレイスの屋敷に呼ばれたタクだが、今回はフィムとミリアーナも同席している。
「集まったか。早速だが明日以降のことについて話し合おう」
「そうね。と言っても私は荒事に関して素人だから何も言えないけどね」
「……フィムもそういうことは分からない。マスターに任せる」
「追々そういうことも学んでもらうからな? いつまでもお前をおんぶに抱っこまでするつもりはない」
「……しがみつく」
「自立する気は無いのな……」
おかしい。結構深刻な話をこれからするはずなのに何故こんなにも緩い空気になるのか。
「まあ、それは後でみっちり語り合うとして「……やだ」……明日からの予定ですが、俺が提案した時と微妙に状況が違うので少し調整したいと思っています。いいですか?」
「異論はない」
「私もよ」
「……むぅ」
「まあ変わったと言ってもそれはフィムのことですので、大まかには変更しませんけどね。前回の作戦ではフィムはどちらにしろ街から出ないことになっていました。それはまだまだ未熟で、さすがに直接戦わせるのは危険だと判断したからです。
しかし見ての通りフィムは成長しました。表面も内面も。ですからフィムには大進行に備えてもらうことにします。万が一の可能性ではありますが、カイルの私兵が来るのと同時に大進行が始まらないとも限りません。その場合は……フィム、お前が先陣切って魔物と戦ってくれ」
最後はフィムに向けてそう言うタク。それに対して頷くことで返答するフィム。
残りの2人は意外そうでありながら、どことなく不安そうな表情をしていたがタクは無視して話を進める。
「それで……ダレイス様、頼んでおいた物は手に入りましたか?」
「ああ。倉庫に入っているぞ」
「いくらですか?」
「は?」
「あれをいくらで譲ってくれますか?」
「い、いや…私は助けてもらうのだからタダで――」
「――ハッキリと言いましょうか? 俺は借りを作りたくないんですよ。貴方みたいな立場が上の人間には特に」
これは揺らぐことのない意思だ。柵が嫌で王国から逃げ出そうとするほどのヤツが、こんな面倒な所で貸し借り云々の繋がりを断ち切っておきたいと考えるのはそこまで不思議ではないだろう。
しかもタクには貴族とのパイプを持つメリットが殆ど無い。金ならいくらでも稼げるし、権利とか全くもって興味がないからだ。たった2人でありながら、国ですら無視できないほどの戦闘力を有しているとくれば貴族なんてただの足枷にしかならない。
つまり、タクとの繋がりが欲しいのであれば“友人”が正しい選択となる。フィムは例外中の例外だ。
「……分かった。金貨2枚で売ろう」
「ありがとうございます」
そこらへんのことはダレイスも理解していたので、タクの機嫌を損ねる前に売りつけることにした。この結果から分かるが、辺境伯が一般人の顔色を窺わないといけないという、世間一般ではありえない構図がすでに出来上がっている。
「さて、俺は今から出ますが……他に何か懸念事項などありますかね?」
「……マスター」
「なんだ?」
「……マスターが戦ってるとこ、見たい」
「………………上空からならいいぞ。ただし、大進行優先だ」
「……ん」
色々と考えた結果、飛んでいけばすぐにメルテリアまで戻れるだろうと結論付けたようだ。見て学ぶことも意外と重要なので、断りにくかったというのもある。
「あ、私からも」
「なんでしょうか?」
「調査の依頼は完了よ。ギルドに行けば報酬が貰えるようになっているわ。それとこれが娼館ギルドのカードよ」
「うわぁ……」
タクがそれを見て呻いた。それは視覚に対してとてもショッキングな色をしていた。そう、娼館ギルドのカードはショッキング・ピンクだった。
いかにも娼館な感じがするが、タクは別に娼館を利用したい訳ではないのだ。というかこれは分かりやす過ぎる。ピンクな世界だとカードまでピンクになってしまうのだろうか。
「君は娼館をよく利用するのか」
「違いますよ。ちょっと用事があるだけです」
「別に恥ずかしがる必要はない。しかし君なら言い寄ってくる女性も少なくないと思うが?」
「娼館には情報収集のために行くんですよ。あと、俺に言い寄ってくる人はいません。そもそも俺は世界単位で“よく知らない怪しい男”ですからね」
「……マスターは怪しいの?」
「お前は例外だろ。なんでか知らんが最初から“いいひと”とか言ってたしな」
「……ん。マスターはいい人」
話がどんどん逸れていく。最初はメルテリアの危機について話し合っていたのに、何故か男女の話へとシフトしてしまった。
しかもここにはその道のプロがいる。個人的にタクを狙っているギルドマスターが。
「ふぅん……?」
「…なんですか? というかその目をやめてください。まるで肉食獣ですよ、ミリアーナさん」
「ふふふ……こんな優良物件が目の前にあるのに獣にならない女はいないわよ?」
「誰が優良物件ですか……というか俺って貴女に気に入られるようなことしましたかね?」
「……? ……あ、クツキは迷い人だったわね。聞いたことあるわ“迷い人は恋愛観が違うから気を付けろ”って」
「今自然に俺のこと呼び捨てにしましたね……まあいいですけど。それより“恋愛観が違う”ってどういうことですか?」
そしてミリアーナから語られるこの世界の恋愛観。それに当て嵌めた場合、タクがどれだけ魅力的なのか。その上で私は獣になりますと宣言までした。最後のは要らない気がするが。
だがその話に反応したのはタクではなかった。
「……ダメ。マスターはフィムの」
「なんでだよ……せめて逆だろ……いや、主従的な意味でさ……」
その微笑ましい抗議にさすがのミリアーナも押し黙る。
その僅かな静寂にタクの溜息が染み渡った……




