子犬原理
「それで詩織に言おうって思ったんだ。好きだ、って」
こんなずるい男で悪いな、と隼人は自嘲気味に続けた。
私と目が合うと隼人はコホンッと軽く咳払い。そのまま視線を前へと移し、家の方へと歩き始めた。
「で、だ」
と、咳払いで気持ちが切り替わったのか、少しはっきりした声になった。
「話しかけようとしたら、詩織が何故か逃げてったってわけだ」
「だ、だってあんな所で追いかけてきたら怖いでしょ!」
私は先程逃げていた時の事を思い出して、酷い羞恥心に襲われた。
逃げている時はものすごく怖かったし、必死だった。けれど相手が隼人だったなんて夢にも思わなかった。
「そりゃあそうなんだけどな」
と隼人は、それはもう意地悪そうに、ニヤリと口を歪める。
「逃げられると追いかけたくなるって心理、解かる?」
そう問われて私は言葉に詰まった。私の頭に真っ先に浮かんだのは、さっきのような非常時でのことではなくて、すずらんちゃんの事だ。
私は隼人の事が好き。しかし、それを気付かせてくれたのはすずらんちゃんの言動。隼人が私の元から去ってしまうかもしれないという危機感が、私の感情を自覚させたのは紛れもない事実だった。
そう考えたら、私の想いが突発的で薄っぺらいものに思えて来た。
「隼人」
私は半歩前を歩いている隼人に声をかけた。
あと数十メートルで家というところで足を止めた私を不思議そうに見下ろしている。
私はそのグレーの瞳を見つめて、
「好き」
と言った。




