疲れた心と体を温める一杯のお茶
自室の重厚な扉を開けると、そこには豪華絢爛な空間が広がっていた。
天井からは眩しいほどのクリスタルガラスのシャンデリアが下がり、足元には毛足の長い上質な絨毯。大きなベッドにはシルクの天蓋がつき、部屋の隅には贅沢な調度品が所狭しと並べられている。
(……あらまあ。すごいお部屋ねぇ)
カトリーナはパチパチと目を瞬かせながら、ゆっくりと部屋の中を歩いた。
前世で暮らしていた家なら、家族全員の布団を並べて敷いたら足の踏み場もなくなった四畳半や六畳間。それに比べたら、この部屋はあまりにも広すぎた。
(綺麗な部屋だけど……ちょっと寒々しいわね)
贅沢品はたくさんあるけれど、どこか生活感がなくて冷たい。
これまでの「カトリーナ」が、どれだけ寂しい気持ちでこの広い部屋に一人でいたのかが想像できて、胸の奥がキュッと締め付けられる。
ふぅ、と小さく息を吐きドレッサーの前に腰を下ろした。
鏡に映っているのは、艶やかな髪と透き通るような白い肌を持った美少女だ。
けれど、その目元にはうっすらと疲れが溜まり唇の血色も少し悪い。
(カトリーナちゃん……綺麗な顔立ちをしているのに、表情が硬くて損をしちゃっていたのね。若いんだから、もっと笑ったほうがずっと可愛いに決まってるわ)
カトリーナは自分の頬に手を当てて、ふにふにと優しく揉みほぐしてみた。
前世では、5人の子どもたちが学校や人間関係で悩んで帰ってきたとき、よくこうして美味しいご飯を食べさせ顔をほぐしてあげたものだ。
心がガチガチに緊張しているときは不思議と顔の筋肉も強張ってしまう。
(よし、まずはこの固まった肩と顔をほぐしましょうかね)
カトリーナが自分で首筋を揉んでいると、部屋の扉が控えめにノックされた。
「カトリーナ様……お茶をお持ちいたしました」
入ってきたのは、先ほど玄関ホールで声をかけた若いメイドだった。
手には銀のトレーに乗せられたティーセットを持っている。
彼女の顔にはまだ少し緊張が残っていたけれど、先ほどのような怯えきった表情は消えていた。
「ありがとう。そこに置いてちょうだい」
「はい……。あの、カトリーナ様。先ほどは……あたたかいお言葉をいただき、本当にありがとうございました」
メイドは深々と頭を下げた。
「これ……勝手にお持ちしてしまったのですが、寒気があるときによく効くハーブティーでございます。カトリーナ様もお疲れのようでしたので……」
お盆の上に置かれていたのは、甘く優しい香りが立ち上る一杯のお茶だった。
カトリーナはパッと顔をほころばせると心からの笑顔を向けた。
「まあ、嬉しい。私の体調まで気遣ってくれたのね。ありがとう、喜んでいただくわ」
「っ……! は、はい! それでは失礼いたします!」
カトリーナの温かい笑顔を見たメイドは、ぽっと頬を赤く染めると嬉しそうに何度も頭を下げて部屋をあとにした。
湯気が立つカップを手にとり、一口すする。
カモミールに似た優しい甘みが疲れた体にじわじわと染み渡っていく。
(うん、美味しい……。心も体も、温かいのが一番ね)
カトリーナはホッと息をつきながら、これからの公爵家での暮らし、そして明日からの行動に思いを馳せるのだった。




