追い詰められた王子の焦り
王立中央学院での講義が大盛況に終わった噂は、あっという間に学園全体そして社交界へと広がっていった。
「聞いたかしら? カトリーナ様の特別講義、受講生の応募が殺到して急遽大教室に変更されるんですって」
「ええ、実際に受講した領主家の嫡男たちが『今まで受けたどの講義よりも実践的で素晴らしい』と大絶賛していたわ」
「かつては厳格で恐ろしいお方だと思っていたけれど……あのお方の厳しさは、周囲を想う深い思慮と圧倒的な能力の裏返しだったのね」
学園の回廊を行き交う生徒たちの口から発せられるのは、カトリーナへの惜しみない称賛と尊敬の言葉ばかりだった。
かつて悪役令嬢と罵られていた過去は完全に塗り替えられ、いまや彼女は「圧倒的な有能さと大人の包容力を兼ね備えた憧れの女性」として、生徒たちのカリスマとなりつつあったのだ。
そんな周囲の熱狂とは裏腹に、学園の片隅にある小さな談話室では、どんよりとした暗雲が立ち込めていた。
「……なぜだ! なぜ誰も彼もが、あいつをちやほやするんだ!?」
リュシアン王子は荒い息を吐きながら、冷めきったお茶のカップをテーブルに叩きつけた。
権限を奪われ、側近のレオンにも去られた今の彼には、かつての威光など見る影もない。髪は乱れ、瞳には焦りと屈辱の色が濃く滲んでいた。
「殿下……落ち着いてくださいませ……」
マリエラがすがりつくように肩を抱こうとするが、リュシアンはその手を払い除けた。
「落ち着いていられるか! 父上からも『学園での反省が見られない限り、王位継承権の見直しを検討する』と厳しい書簡が届いたのだぞ!……マリエラ、お前がサロンを上手く仕切ってくれていれば、こんなことには……!」
「なっ……! 私のせいにされるのですか!? 殿下が『カトリーナなんかいなくても大丈夫だ』とおっしゃったから、私はついて行っただけですのよ!?」
「黙れ! お前など、カトリーナの爪の垢でも煎じて飲めばいいんだ!」
「ひどい……! 殿下なんて大嫌いですわ!」
泣き叫びながら部屋を飛び出していくマリエラ。
残されたリュシアンは、頭を抱えてソファーに崩れ落ちた。
あの日、大勢の前でカトリーナに婚約破棄を突きつけた時の自分がいかに愚かだったか。
自分が誇っていた「王子の気品」も「円滑な公務」も、すべてはカトリーナが陰で泥をかぶり完璧に支えてくれていたからこそ成り立っていたのだと突きつけられた現実に打ちのめされていた。
(俺は……なんて取り返しのつかないことをしてしまったんだ……)
今さら後悔しても、もう遅かった。
一方その頃、講義を終えたカトリーナは、学院の中庭でレオンと一緒に穏やかなティータイムを楽しんでいた。
「カトリーナ様、次回の講義のレジュメをまとめました。こちらでよろしいでしょうか?」
「まあ、レオン先生。相変わらずの手早さね。完璧ですわ、ありがとう」
カトリーナが温かく目を細めて感謝を伝えると、レオンは嬉しそうに胸を張った。
「カトリーナ様のお役に立てるなら、いくらでも頑張れます。……それにしても、王子殿下とマリエラ嬢の関係も、いよいよ決裂したようですね」
「あらあら……。お互いの甘えに依存していた関係は、試練が来ると脆いものですのよ。自分たちの足で立つことの大切さに、あの二人も早く気づけると良いのだけれどねぇ」
カトリーナは遠くの青空を見上げながら、どこか近所の子どもの成長を見守るオカンのような、深くて優しい溜息をついた。
自分の人生を自分の手で切り拓き始めたカトリーナの周りには、確かな信頼と温かな愛が、着実に根を張り始めていたのだった。




