新たな舞台へ!
秋も深まり、王立中央学院の特別講義室には、物珍しさと不安の入り交じった独特の熱気が満ちていた。
集まったのは、将来の領地経営や国家の財政を担う貴族家の若き嫡男や嫡女たちだ。
彼らがザワザワと私語を交わす中、教壇に一人の女性が姿を現した。
落ち着いた紺色のドレスを身に纏い、背筋をピンと伸ばしたカトリーナ・グランヴェル。
その隣には、助手として控える元・王子筆頭側近のレオンが、凛とした表情で立っている。
「皆様、ごきげんよう。本日より『実践・領地経営と実務会計』の講座を担当いたします、カトリーナ・グランヴェルです」
透き通るような、しかし室内の一番後ろまで心地よく響く声。
受講生の何人かが、ひそひそと顔を見合わせた。
「おい……元・悪役令嬢って噂のカトリーナ様じゃないか?」
「殿下に婚約破棄されたはずだろ? なんで彼女が講義なんて……」
そんな疑念の視線も、カトリーナには全く通じない。
前世で子どもの授業参観や保護者会、自治会の集まりを幾度となく仕切ってきた「オカン」にとって、若者たちの生意気な視線など微笑ましいものに過ぎなかった。
「さて、皆様。領地経営と聞くと、難しい税率の計算や大規模な事業計画ばかりを思い浮かべがちですが……一番大切なのは『そこに住む人々の暮らしと、無駄のない台所事情』を知ることですの」
カトリーナは手際よく黒板に大きな図を描き始めた。
「例えば……こちらに昨年度のある領地の収支帳簿がございます。一見すると黒字に見えますが、仕入れの時期と輸送コストの配分が歪なため、現場の使用人や領民に過度な負担がかかっていますわね」
彼女が指し示してみせたのは、グランヴェル公爵家で実際に起きていた「どんぶり勘定」の具体例だった。
「これを……こうして時期をずらし、地元の旬の食材を活用するルートに組み替えるだけで、余計な保管料が削られ、領民の雇用が増え、なおかつ全体の予算が二割削減できます」
流れるような説明。無駄のない数字の根拠。
そして何より、机上の論理ではなく「生きている現場」を熟知した者ならではの具体的で温かい改善案。
教室を包んでいたザワつきが、みるみるうちに感嘆の吐息へと変わっていく。
「す、すごい……! 一目見ただけで、帳簿の構造的な欠陥を見抜いただと……!?」
「ただ削減するだけじゃなくて、そこで働く人たちの負担まで計算されている……!」
若き貴族たちは、目を輝かせてペンを走らせ始めた。
教壇の脇で資料を手際よく配っていたレオンは、生徒たちがカトリーナの知恵と魅力に引き込まれていく様子を誇らしげな眼差しで見つめていた。
「(カトリーナ様……。あなたの教えはただ数字を合わせる技術ではなく、人を生かすための知識だ……)」
レオンは絶妙なタイミングで補足の資料をカトリーナに手渡し、呼吸の合った見事なコンビネーションで講義をサポートしていく。
講義が終わる頃には最初は懐疑的だった生徒全員が立ち上がり、惜しみない拍手をカトリーナへと送っていた。
「素晴らしい講義でした、カトリーナ先生!」
「次回も絶対に受講します!」
教壇を降りたカトリーナはほっと胸を撫で下ろし、傍らのレオンにふんわりと微笑んだ。
「あらあら、みんなとても熱心に聴いてくれて良かったわね。レオン先生のサポートも完璧だったわ。ありがとう」
「いいえ、カトリーナ様。あなたの素晴らしさが皆様に伝わったことが、何より誇らしいです」
レオンは少し照れたように耳を赤くしながら優しく微笑み返した。
一方その頃……統括権限を奪われ、学園の片隅で荒れ果てていたリュシアン王子のもとには、カトリーナが大絶賛されているという報せが届き、さらなる衝撃が走ろうとしていた——。




