駆け込んできたレオンと、次なるステージへ
「レオン様が……こんな夜遅くに?」
カトリーナと公爵が顔を見合わせると、バートンは静かに頷き、応接室へと案内した。
応接室に入ると、そこには息を荒らし、乗馬服のまま立ち尽くしているレオンの姿があった。
いつも冷静沈着で身なりを崩さない彼が、髪を乱し、切羽詰まった瞳でカトリーナを見つめている。
「レオン様! 一体どうなさったのですの? 馬を飛ばして来られたのですか?」
カトリーナが心配そうに駆け寄ると、レオンはその場に片膝をつき、胸に手を当てて深く頭を下げた。
「……突然の訪問、大変な無礼をお許しください、グランヴェル公爵閣下、そしてカトリーナ様。ですが……どうしても、今夜中にお伝えしなければならないことがあったのです」
公爵はソファーに腰掛け、厳しいながらもどこか温かい眼差しでレオンを見つめた。
「構わん。面を上げなさい、シルヴェスター子爵令息。王子筆頭側近の君が、これほど取り乱して我が家を訪れるとは……学園で何かあったのか?」
レオンはゆっくりと顔を上げると、まっすぐにカトリーナの瞳を見つめた。
「本日夕刻、学園の理事会および生徒会顧問による緊急会議が開かれました。……リュシアン殿下による生徒会予算の不当な停滞、ならびにサロン運営の放棄が正式に問題視され、殿下には学園での一切の統括権限の停止措置が下されました」
「まあ……」
カトリーナが小さく息をのむ。
「殿下は最後までご自分の非を認めず、周りのせいにされておられました。……ですが、私はもう、あのお方のお世話をするために自分の人生を費やすことをやめました。本日をもって、筆頭側近の辞任届を提出してまいりました」
レオンの声には、長年の重圧から解放された清々しさと、強い決意が満ちていた。
「レオン様……。本当によく、ご決断なさいましたね。ご自分を一番に大切にするという約束を守ってくださったのね」
カトリーナが温かい笑みを向けると、レオンの瞳に熱いものが込み上げた。
彼は膝をついたままカトリーナの手をそっと両手で包み込むように握りしめた。
「カトリーナ様……。私が絶望の淵にいた時、私を『一人の人間』として見つめ、温かい言葉と救いをくださったのは、あなただけでした。……公務からも側近の座からも解放された今、私は私の意志で、あなたのお力になりたいのです」
「私のお力に……?」
「はい。学院長より、カトリーナ様へ『領地経営・会計監督講座』の招聘状が出されたと伺いました。……どうか、私をあなたの助手として、お側に置いていただけないでしょうか。あなたの目指す温かく正しい世界を、一番近くで支えさせてください」
真摯で、まっすぐな愛と敬意が込められた申し出。
単なる「側近」としてではなく、一人の男性としてカトリーナを心から慕い、支えたいという熱い想いが伝わってきた。
横で見守っていた公爵は、ふっと満足そうに口元を緩めると、お茶を一口飲んで言った。
「……ふむ。我が娘の助手に、国一番の優秀な元・筆頭側近がついてくれるというのなら父親としてこれほど心強いことはないな。どうだ、カトリーナ?」
カトリーナは少し照れくさそうに微笑みながらレオンの手を優しく握り返した。
「ふふ……あらあら。そんなに熱烈に頼まれてしまっては、断る理由なんてありませんわね。頼りにしていますわ、レオン先生」
「っ……! はい! 全力を尽くします!」
レオンの顔に、これまで見せたことのない少年のような眩しい笑顔が咲いた。
愚かな王子の手から解き放たれ、カトリーナの「大人の知恵と包容力」はいよいよ学園と領地経営という新たな大舞台へと羽ばたこうとしていた——。




