王子の自滅と、崩れ去る砂の城
カトリーナが学園から完全に身を引いてから、二週間が経過した。
王立学園の生徒会室は、かつてない荒涼とした雰囲気に包まれていた。
「……どういうことだ、レオン! なぜ今期の予算申請が差し戻されている!? これでは今週末の懇親会が開けないではないか!」
書類が乱雑に散らばった豪華なデスクを叩き、リュシアン王子が怒号を響かせる。
しかし、その声には以前のような絶対的な威圧感はなく、どこか追いつめられた者の焦りが混じっていた。
王子の傍らに立つ側近のレオンは、書類の束を抱えたまま、冷ややかと言ってもいいほど平静な顔で深々と一礼した。
「殿下。予算申請書の記述に多数の不備があり、生徒会顧問および会計監査の承認が得られなかったためです。……これまでの予算調整および申請書類の作成は、すべてカトリーナ様が事前の確認と修正を行われた上で提出されておりました」
「なっ……! あんな性悪女の手など借りずとも、マリエラが準備したはずだぞ!」
名指しされたマリエラは、王子の後ろでビクッと肩を揺らし、青ざめた顔で伏し目になった。
「ひ、ひぃ……っ。で、殿下、私はただ、前回の書類を真似て金額を書いただけですの……。アレルギーの有無や、参加される他国の留学生の方々への宗教配慮など……そのような細かい規定があるなんて存じ上げなくて……」
「マリエラ……お前、何も確認していなかったのか!?」
「だって、そんな難しいこと私には分かりませんわ! 殿下が『マリエラはそこにいて微笑んでいるだけでいい』とおっしゃったから……!」
二人の不毛な責め合いを、レオンはただ静かに見つめていた。
(カトリーナ様のおっしゃった通りだ……)
レオンの脳裏に、事務棟でカトリーナが優しく語りかけてくれた言葉が蘇る。
『周りが何でも先回りしてお世話をしてあげることが、本当にその人のためになるのかしら? 自分自身で自分の行動の結果に向き合って、初めて大人への第一歩が踏み出せるのですから』
レオンは余計な手出しをせず、カトリーナの教えに従って「自分の権限と責任の境界線」をきっちりと引いた。
その結果、王子とマリエラがこれまでどれほどカトリーナの細やかな気配りと事務能力に依存していたかが、誰の目にも明らかな形で露呈したのだ。
「レオン! お前が今すぐ書類を作り直せ! 今夜中にだ!」
「申し訳ございません、殿下」
レオンは淡々と、しかし毅然とした態度で首を振った。
「私は筆頭側近として、王家から与えられた公務の補佐で手一杯でございます。学園のサロンおよび生徒会イベントの補佐は、殿下ご自身が『マリエラ嬢と共に二人で行う』とお宣言された領域。私の権限を超えて代行することは、学園の規則上も認められません」
「お前……っ、私に逆らうつもりか!?」
「いいえ。殿下のお立場と規則を正しくお守りしているだけでございます」
完璧な論理と正論。
言い返せなくなったリュシアン王子は、歯ギシリをしながら拳を握りしめることしかできなかった。
その日の放課後、サロンの運営が完全に行き詰まり、予定されていた茶会が中止になったというニュースは、あっという間に学園中に広まった。
「ねえ、聞いた? 今日の茶会、準備不足で急にキャンセルになったんですって」
「マリエラ様が仕切るようになってから、サロンの雰囲気も最悪だし、手際も悪すぎるわ……」
「カトリーナ様がいらっしゃった頃は、いつも完璧で、私たちの好みまで気遣ってくださっていたのに……」
生徒たちの間では、失われて初めて気づいたカトリーナの「圧倒的な有能さと温かさ」への評価が爆発的に高まっていた。
一方その頃、当のカトリーナは、公爵家の穏やかな庭園で、執事長のバートンが淹れてくれたハーブティーを楽しみながら、秋のバラの手入れについて楽しそうに語り合っているのだった。




