↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【婚約破棄】「冷酷な悪役令嬢」と蔑まれた私ですが、必死に怒鳴る王子を「あらあら」と見守っていたら溺愛が始まりました  作者: もも子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/29

王子の反抗期なんて可愛すぎるわ

広間を包む圧倒的な静寂を背に受けて、カトリーナは優雅に絨毯の上を歩いていた。


誰からも声はかからない。

怒り狂って取り乱すと思っていた「高慢な悪役令嬢」が、あまりにもあっさりと、しかも完璧なマナーで去っていく姿に、周囲の貴族たちは完全に毒気を抜かれていたのだ。


(ふぅ……とりあえず、あの場を穏便に収められてよかったわ)


ドレスの裾をわずかに浮かせながら、カトリーナは心の中で小さく息を吐いた。


前世で5人の子どもを育てていた頃、何度も遭遇した「子どものかんしゃく」。

近所やスーパーの真っ只中で子どもが泣き叫んだとき、一番やってはいけないのは、一緒になって感情的になることだった。


落ち着いて、深呼吸をして、毅然とした態度で受け流す。

それが一番早く場を収める方法だと、何十年もの「母」としての経験が身体に染みついていたのだ。


(それにしても……体がちょっと重いわね)


記憶が混ざり合った反動か、それともカトリーナという少女の身体が普段から緊張でガチガチだったからか。肩から背中にかけて、嫌なコリを感じる。


そんなことを考えながら大広間の重厚な扉へ向かっていたとき、すれ違いざまに視界の端へ「ある人物」が入ってきた。


王子のすぐ後ろ、少し離れた位置に控えていた若い青年だ。

確か、リュシアン王子の側近を務めている男爵家の長男――レオンだったはずだ。


(……あら?)


カトリーナは歩調を崩さず、扇子の影からチラリとその青年を盗み見た。


整った顔立ちをした真面目そうな青年だが、その顔色は驚くほど悪い。

目の下にはドス黒いクマが張り付き、唇はカサカサに乾いている。

ピンと背筋を伸ばして立ってはいるものの、膝が微妙に震えており、呼吸も浅く早い。


(ちょっとあんた……大丈夫なの? 顔色が土気色じゃないの)


前世の記憶にある「無理をしすぎて倒れる直前の長男」の姿が、目の前の青年に重なった。


過労、睡眠不足、そしてたぶん栄養の偏り。

真面目な性格ゆえに限界まで我慢して、自分でも体調の異常に気づいていない顔だ。


(ここで倒れられたら、周りも大騒ぎになるし……何より若い子が無理して倒れるのを見るのは、寝覚めが悪いわ)


カトリーナは歩みを緩めることなく、自然な動作でドレスの小さなポケットに忍ばせていた「小瓶」を取り出した。


それは、以前のカトリーナが気付け薬代わりに持ち歩いていたハーブのタブレットだった。ミントと柑橘の香りが効いた、気休め程度のものだが、口に含めば少しは頭がスッキリするはずだ。


すれ違う一瞬。


カトリーナは扇子を少しだけ傾け、周囲の視線を遮ると、レオンの手元へそっと小瓶を滑り込ませた。


「……っ!?」


手元に伝わった硬い感触に、レオンの肩が跳ねる。

驚いて目を見開いた彼と、一瞬だけ視線が交差した。


カトリーナは声を出さず、ただ目元だけで「あとで舐めなさい」と優しく語りかけるように微笑み、そのまま通り過ぎた。


レオンは固まったまま、手に残された小さな小瓶と、去っていくカトリーナの美しい後ろ姿を交互に見つめていた。


(……カトリーナ様が、なぜ……?)


冷酷で、他人に興味など持たないはずの公爵令嬢。

そのはずなのに、手渡された小瓶からは、ほんのりと温かい柑橘の香りが漂っていた。


そんな側近の困惑など知る由もなく、カトリーナは大広間の重い扉を抜け静かな回廊へと足を踏み出していた。


(ふぅ……一番の大揉め事は、なんとか無事に乗り切れたわね)


婚約破棄という大騒動を無事にやり過ごすことができて、胸の奥でほっと安堵の息をつく。


記憶が戻ったばかりでまだ戸惑いはあるけれど、もうパニックになるような場面は過ぎたのだ。

カトリーナは気持ちを切り替えると、これから自分が暮らす「公爵家」の屋敷を目指して静かに歩みを進めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。