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【婚約破棄】「冷酷な悪役令嬢」と蔑まれた私ですが、必死に怒鳴る王子を「あらあら」と見守っていたら溺愛が始まりました  作者: もも子


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目覚めたら婚約破棄!?

絢爛豪華な学園の大広間に、甲高い怒声が響き渡っていた。


「カトリーナ・グランヴェル! 貴様のような冷酷で嫉妬深い女との婚約など、本日限りで破棄させてもらう!」


第一王子、リュシアンが怒りに顔を歪めて叫んでいる。

その傍らには、可憐な男爵令嬢のマリエラが守られるように寄り添っていた。彼女は不安そうに眉をひそめ、王子の袖を細い指でぎゅっと掴んでいる。


「……っ」


周囲の貴族たちが息をのむ気配と、どこかあざ笑うようなひそひそ声が広間に満ちていく。

本来なら、ここで「カトリーナ」は怒り狂い、マリエラに罵詈雑言を浴びせていたはずだった。


けれど――当のカトリーナは、ただじっと自分の手元を見つめたまま、微動だにしなかった。


頭が割れるように痛い。

視界がぐにゃりと歪み、激しい眩暈が脳を揺さぶる。


(……なんなの、この音。キーキーうるさいわねぇ……)


激しい頭痛とともに、カトリーナの意識の中に「別の記憶」が怒涛のように流れ込んでいた。


それは、まったく違う世界での、長くて泥臭い人生の記憶。


小さな平屋で、毎日毎日、お金の工面に頭を悩ませていた日々。

5人の子供たちのお腹を満たすため安売りスーパーをハシゴし、伸びきったトレーナーを着て汗を流した年月。

反抗期を迎えた息子に壁を殴られて途方に暮れた夜もあれば、熱を出した娘を抱きかかえて夜泣きに付き合った夜もあった。


ケンカも絶えなかったけれど、愛情だけは目いっぱい注いで育て上げた。

貧しかったけれど、泥臭くて、温かくて、がむしゃらだった、あの人生。


末っ子が大学を卒業して自立し、ようやく自分の時間ができた矢先、あっけなく病気で倒れてしまったけれど……後悔なんて一つもなかった。


(あぁ……私、死んだんだわ。それで……この若い女の子の中に?)


深く息を吸い込むと、胸の奥に詰まっていた冷たい塊が、すーっと溶けていくような感覚があった。


記憶が整理されるにつれ、今の自分がどんな立場に置かれているのかが理解できてくる。

グランヴェル公爵家の高慢な令嬢、カトリーナ。

周囲を威圧し、プライドばかりが高く、誰からも嫌われていた寂しい女の子。


カトリーナはゆっくりと瞼を開けた。


目の前では、金髪の王子リュシアンが顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけている。


(……あらあら、まあまあ)


かつてのカトリーナなら、プライドを傷つけられて金切り声を上げていただろう。

けれど、今の彼女の目には、その光景がまったく違って映っていた。


目の前にいる王子は、おでこに青筋を立てて息を荒げている。

肩はいかり肩になり、握りしめた拳は微かに震えていた。


(そんなに肩に力入れて怒鳴ったら、首もしこるし胃に穴があくわよ……。うちの二男も、高校生のころこんな風にイライラして壁叩いてたわねぇ)


呆れるというよりは、どこか懐かしく、そして痛々しいものを見るような目線。

その眼光から刺々しさが消え、熟練の包容力のような温かい静けさが宿ったことに、周りはまだ誰も気づいていなかった。


リュシアンの隣にいる男爵令嬢、マリエラにも視線を向ける。

可憐で守ってあげたくなるような立ち振る舞い。チラリと計算深く周囲の反応を伺う目線。


(あの子もあの子で、随分と背伸びしちゃって……。自分の可愛さを武器にするのはいいけれど、そんなに気を張っていたら疲れちゃうでしょうに)


自分を陥れようとしている相手にすら、怒りよりも先に「若い子の不器用さ」への親心のような感情が湧いてしまう。


「聞いているのか、カトリーナ!」


返事のないカトリーナに苛立ちを募らせたリュシアンが、さらに一歩を踏み出そうとした。


その瞬間、カトリーナはそっとドレスの裾を持ち上げ、完璧な所作で深く、美しくおじぎをした。


あまりにも滑らかで、隙のない身ごなし。

大広間のざわめきが、ピタリと止まる。


「……かしこまりました、リュシアン殿下」


静かで、澄んだ声だった。


頭を上げたカトリーナの顔には、取り乱した様子も、怒りの色も一切ない。

ただ、穏やかで気品に満ちた笑みが浮かべられている。


「殿下がそこまでお望みでしたら、喜んでこの婚約をお引き受け……いいえ、辞退させていただきますわ。今まで、至らない私を支えてくださり、ありがとうございました」


「……え?」


リュシアンの口から、情けない声が漏れた。

激しい言い争いになると高をくくっていた周囲の貴族たちも、呆然と固まっている。


カトリーナは誰とも目を合わせることなく、静かに踵を返した。

その足取りは軽く、どこか晴れやかですらあった。


(よし、これで無駄な喧嘩は終わり。まずは自分の部屋に帰って、温かいお茶でも飲んで落ち着きましょう)


長年にわたる修羅場をくぐり抜けてきた肝っ玉母ちゃんの魂は、貴族社会の「断罪」などというイベントでは、ピクリとも揺らがなかったのである。

新作始まりました。

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