身だしなみも整えられない王子様と静かな再会
「悲劇のヒロイン気取りで学園の噂を煽りに来たのか!?」
中庭に響き渡るリュシアン王子の怒号。
マリエラも彼の腕にしがみつきながら、勝ち誇ったような、けれどどこかわざとらしい不安げな瞳でカトリーナを見つめている。
通りかかった生徒たちが足を止め、遠巻きに息をのんで成り行きを見守っていた。
だが、当のカトリーナの心に動揺は一切なかった。
(あらあら、まあまあ……。本当に分かりやすい子たちねぇ)
カトリーナはそっと歩み寄ると、感情的になるどころか、まるで近所の小さな子を諭すような、心底柔らかく温かい微笑みを向けた。
「殿下、お久しぶりでございます。本日お伺いいたしましたのは、学園に残した私の荷物の整理と、正式な手続きのためでございますの。決して噂を煽るような意図はございませんわ」
優雅で澄み切った声。
あまりにも完璧な所作と落ち着きに、怒鳴り散らしていたリュシアンの方が気圧され言葉を詰まらせた。
「なっ……」
「それにしても……殿下」
カトリーナは少しだけ首をかしげると、王子の胸元へ視線を落とした。
「襟元のボタンが一つ掛け違えておられますわ。右の袖口にも小さなシミが残っておりますし……お髪も少し寝癖がついていらっしゃいます。一国の王子たるお方が、そのようなお姿で外をお歩きになっては周囲の皆様がご心配なさいますよ?」
「な、なんだと……!?」
リュシアンは慌てて自分の胸元と髪を手で触り、顔を真っ赤にした。
以前のカトリーナなら、毎朝側近や執事を通して完璧に身の回りをチェックさせ、好みの衣服やハーブティーを用意させていた。それが無くなった途端、王子は自分の身だしなみ一つ満足に整えられなくなっていたのだ。
「っ……余計なお世話だ! お前が去って、清々していると言っているんだ!」
図星を突かれて怒り狂うリュシアン。
その時、王子の斜め後ろから、一人の青年が静かに歩み出てきた。
側近のレオンだ。
彼は目の下にうっすらとクマをつくり酷く疲弊した様子だったが、カトリーナの姿を認めるとその瞳にパッと安堵と敬意の光を宿した。
「……カトリーナ様。本日はご足労いただき、誠にありがとうございます。手続きの書類は、すでに事務棟に用意してございます」
レオンは深く、恭しく頭を下げた。
「まあ、レオン様。お顔色が優れませんわね。無理をなさってはいけませんよ」
カトリーナがそっと気遣うと、レオンは胸を打たれたように目を細め静かに答えたのだった。
「……お気遣い、痛み入ります。カトリーナ様が残してくださったお茶にどれほど救われたか……感謝の言葉もございません」
ふたりの間に流れる静かで温かい信頼の空気。
それを見たリュシアン王子は、ますます苦々しい顔で孤立していくのだった。




